2011年03月21日374号 ヒロコの婚約発表

日本列島は大変な事になっている3月14日(月)の正午… YUKIのパソコンに、現在アメリカに留学中のヒロコから突然【スカイプ】が入りました。 パソコンにはヒロコの顔が映し出されます。 「今、そっちはどう?」… 「今度は原発がおかしなことになってきたようでバタバタしているよ」…と私が答えると 「なんだか大変な時だけどランスがKENとYUKIに話をしたいって言ってるの」というのです。

まずは、以下をクリックして私が撮影したこのyoutubuご覧下さい。(^_^;)

ランスと昨年のクリスマスに【スカイプ】を通して「メリークリスマス!」と ほんの少し挨拶をしたのが始めてで今回で2回目で直接あった事はありません。 でもヒロコのブログやフェイスブックは良く見ているので ま~こんな事もあり得ると覚悟をイヤ想像をしていました(^_^;)

ランスはヒロコの友達ジュンコの友人で、日本には東大の研究員として4年ほど住んでいたようです。 ヒロコとは友達の集まりで2・3回合ったぐらいで、それほど親したしくはなかったようですが ランスが帰国してから、ランスの方から頻繁にメールが来るようになったようです。

ヒロコがボストン大学の留学が決まると、アラバマで仕事をしているランスは ボストンが実家という事もあって、ボストン空港に迎えに行くと喜んでくれたのですが けっきょくヒロコの予定していた便に乗れずにランスとは合う事が出来ませんでした。

でも、ここからヒロコのブログに新しい展開が見られます(^_^;) ボストンの実家のランスのパパ、ケビンさんが、さかんに 「りんご園のある我が家に遊びにいらっしゃい!」と声をかけ ヒロコも遠慮せず、何度も訪ねるようになり、そこにいるジャックスという大きな犬とも仲良くなるのです。 そしてケビンさんがヒロコのブログやフェイスブックにやたら登場するようになるのです。

ヒロコがボストンで初めてランスに会うのは10月の終わり… この時、ヒロコの友達で私たちとも親しいヒーちゃんがボストンに遊びに来ていて 取り込み中で、ランスの貴重な休日が思うように行かなかったようで、 なぜかパパのケビンの方が不機嫌になってしまい、笑ってしまいました(^_^;) そして11月のサンクスギビング・デイとクリスマスの休日には ランスのボストンの実家に招待され、ランスの妹家族や ケビンさんとは離婚したランスのママや、ケビンさんの親戚などいろいろな人に紹介され、 年が明けると、ランスとラスベガスに行ったり…アラバマに行ったり… もう完全に恋人同士という雰囲気で、今回にいたったというわけです(^_^;)

まだヒロコの留学は8月までありますし、 その後、具体的にどうするかもヒロコやランスも決めていないようですが 宮崎の88歳の義母は、これでアメリカに行けるとハリキッテいます(^_^;) 二人とも世界のどこにいても生活出来そうですし、 仲良く好きなように生きれば良いと思っています。

ありがたい事に今の時代は、どんな遠くに離れていても… 毎日のようにリアルな情報が入り、テーブルの真ん中に【iPad】を置けばスカイプで 3人が食卓を囲んで雑談をするように、タダでいつまでも話す事が出来るのです。 そして、その気になれば格安チケットで世界中の国にす自由に行ける時代です。

これで苦手の英語が【iPad】や【iPhone】でカバーしてくれるようになれば完璧なのですが… どうなる事でしょう(^_^;)

2011年03月14日373号 地震の次の日

12日土曜日は何かと忙しい日になってしまいました。

ず~と前からこの日はエノちゃん企画のセミナー5回目で 今や懐かしい自然農法の東大和の農園の実習がありその記録係になっていたのです。 そして夜は7時から、ヒロコの学童時代のお友達で父親の故山本修さんの一周忌のミサが教会であり 出席する事にしていたのです。

ところが24日から中米ベリーズにJICAシニアボランティアで出発する 友人・永森の歓送会が突然この日の午後3時に決まったのです。 本来なら永森の歓送会はキャンセルすれば良いのですが… 実は山本未亡人の文子さんも偶然なのですが、同じ24日にJICAシニアボランティアで アフリカのカメルーンに出発する事になっていて 文子さんにも永森と同じようにブログを書く事を私は強く薦めていて今週も ご自宅に訪問する事にもなっていたので、ミサの方はYUKIが代表で行ってもらう事にしたのです。

東大和、特に農場に行くにはクルマがベストなのですが、 午後3時からは横浜での永森の送別会で当然アルコールも入るので電車で行く事に決めていました。 前日には東日本巨大地震があって、その事はブログで書いていますが(^_^;) 南武線は午前7時から通常に動いているというニュースがあったので、途中でゆっくり朝食を取る時間も 考慮して我が家を7時30分頃に出たのです。

ところが南武線の登戸駅のアナウンスは 「昨日の地震のため運転を見あわております、運転開始は8時となっていますが 詳細な時間は不明でしばらくお待ちください…」 とホームに流れるのですが、 8時を過ぎても同じアナウンスが流れるだけで駅員の姿は一人も見えず、 どのような状況で、後どのくらい待たされるかも判らず寒いホームにジッと待たされ続けられるのです。

結局9時近くに電車が来て、それも各駅停車で踏み切りごとに停車して 立川駅についたのは10時を大きく回って、その時点でづでに遅刻です(^_^;)

立川駅で帰りは横浜まで行かねばならないので、今日のような日は何が一番早く行けるか 駅の案内で聞くと、「南武線が一番早いでしょう」 と今来たコースを登戸を経由し武蔵小杉で 東横線に乗り換え行けというのです(^_^;) こんな事なら最初からクルマで我が家を往復し、クルマを置いて横浜に行けばよかったのです。

けっきょく農場には大きく遅刻したのですが、地震の影響もあって参加者も少なく セミナーはほとんど終盤で、なんとなく終わってしまいました(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤ 懐かしいメンバーとチョト団欒し、3時の横浜に間に合わすため農園を後に。 ① ② ③

歩きながら、香港の小倉に電話、奥さんのキエちゃんは津波の被害が大きい福島県相馬市が実家。 1974年の夏、永森と私は相馬で大変お世話になっているので、心配をしていたのでが無事を確認!

モノレールで立川に戻り、こわごわ南武線のホームに(^_^;)

すべて各駅停車だけどスムーズに運行され、思ったよりも断然早く横浜に到着。 この送別会も地震の影響で3名が欠席、 その代わりというわけでもないのですが1年先輩の岡広さんが出席。 どうして我々同期の集まりを知ったのかと思ったら、永森の3月5日このブログを見て(^_^;)

私はこの古谷が作った永森歓送会の案内状をそのまま載せて何の意味があるのか?!と 思っていたのですが案内の行っていない先輩の岡広さんが見つけられたのです。 この会の模様は今見たら永森が写真入りでブログに書いているたので、そちらを参考に(^_^;)

2011年03月07日372号 母の近況…その5

【母の近況…その4】を書いたのは1年半ほど前の291号で しばらく書いていませんでしたが、今もどうにか生きています(^_^;)

実はこれまで年に2・3回定期的にお世話になっていたを決めた介護施設が、 ある時を境に何かと理由をつけて断られるようになってしまったのです。

この週間KENで介護施設での母の写真入を偶然見つけた看護士から 「お母様だけ写っている写真は許すけどそれ以外の老人が写ってにいる写真は すべて削除して欲しい!」と注意してきたのです。 私はそれに対して… 「ご老人のご家族からの要請ならすぐに削除するが、どうしてそこまで閉鎖的になるのか? もっともっと介護をオープンにする事の方が重要で、あなたも誇りを持ってやれないさい!」

…若い介護士に逆に説教をしてしまったのです。(^_^;)

それからしばらくして、こんどは理事と名乗る初対面の男性との面談を要請され、 また同じような話になりました(^_^;) この週間KENの、しかもこの介護施設で母を撮った写真の一部にお年寄りが写っていて、 それによって、ご家族に損害や迷惑をかける確立がどのくらいあるというのでしょうか。

家族を施設に預けている事を極力知られたくないという家族が多いと聞いています。 したがって、それなりの神経を使いながら、 基本はオープンという私のポリシーを曲げる気持はなく 理事に対しても、介護士の時と同様 「介護にプライドを持って明るくオープンにやりましょうよ!」… と励ましたつもりだったのですが…それがダメだったようです(^_^;)

さてさて前置きが長くなってしまいましたが…母の近況です(^_^;) これまでは私の妹の由美子宅をベースにして これまでの介護施設にいる時は私たちが洗濯物や諸々の面倒を見るという事でしたが、 今は由美子宅から歩いて数分のところにある介護施設に入っています。

由美子の次女、すなわち私の姪は医学生で2児の母で夫も勤務医(^_^;) その面倒も時々は見なければならないので、このような形になったのです。

2日(水)、茨城のひたちなか市にいる私の2番目の妹・淳子が、ひさびさに来るというので、 妹二人と私とYUKIの4人で母のいる介護施設に行きました。 淳子は1年数ヶ月ぶり、私は12月のクリスマス会いらいですが… クルマでいけば20分ほどなのに特別な用事が無ければ、 どうしても遠ざかってしまい反省です(^_^;)。

施設に入る時には玄関で手を消毒して大きなマスクをつける事が義務付けられます。 ① ② 私は介護施設に行った時は顔を合わせたお年寄りには必ず「こんにちは!」と明るく挨拶すると だれもが、それを受け止めて向うから色々と話しかけて頂くことも多々あります。 しかし大きなマスクで顔を覆い4人の見知らぬ者には誰も視線さえ合わせようともしません。(^_^;) この日も大きなホールでは車椅子に座った大勢の老人が無表情で黙ってテレビを見つめています。 そしてテレビの横にあるソファーで目の見えない母はいつものように座ったまま寝ています。 少ないスタッフで多くの老人を見るには、これが楽なのかも知れませんが… とてもヘンな雰囲気です。

介護施設の空気を変えるのは、一筋縄ではいかないのです(^_^;)

車椅子を借りて母のベッドルームで、ひさしぶりに兄妹+YUKIの4人そろっての団欒ですが、 ① ② 母は起きているのか寝ているのか今一しっかりしません(^_^;) ① それでも陽気な歌を合唱すると笑顔がこぼれます。 ① もう話すこともほとんどしなくなりましたが、 笑顔は絶やさず楽天的なところは一生変らず終えていくのでしょう… でも、まだまだ内臓は元気なようで長生きするかも知れません(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤

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2011年02月21日370号 今年も味噌作り

ちょうど1年前に【味噌作り3日間】を書きましたが、 もちろん今年も私たちが作った大豆で3日間の味噌作りをしました。

昨年仕込んだ味噌は、とてもとても美味しくて。(手前味噌ですが^_^;) 大切に使っていますので、まだありますが、それが無くなったからでは間に合いません。 なんせ最低でも半年は寝かせて1年ほどから食べごろになるわけで 気を緩めると、これから美味しくなるという前に無くなってしまいます(^_^;)

てなわけで、今回仕込んだ味噌が食べごろになる時には どう考えても、昨年仕込んだ味噌が残っている計算は成り立たず 今年は昨年の倍を作っておくことにしたのです。

長野県の飯山で収穫した米を玄米で 相模原市の津久井で収穫した大豆の味噌汁とともにジックリと味わって食する…。 少し前の私なら、とても考えられない食生活ですが(^_^;) 自分で作っているからこそ継続できて満足感を味わえるのかも知れません。

もちろん、今でもいろいろなモノは相変わらず食べていて 最近では体重が少々増えてYUKIから睨まれています。(^_^;) でもあくまで玄米と味噌がベーシック、だからこそ いろいろな食事を新鮮に楽しむことが出来るというわけです。

さて、今年の味噌作りは 2月17日(木)2月18日(金)2月19日(土)の3日間です。

●一日目は… 午後からの作業で、大豆を煮る大がまを10台セットし そこに我々が収穫した大豆180キロ分を水で洗って、それぞれの釜に入れて そこに水を充分に入れて蓋をして、どの上にイタズラされないように 紙やビニールシートをかけて、大豆を一晩寝かせておくという作業です。 口で言ってしまえば簡単な作業ですが、 今年も残雪が残る湖畔に、いろいろな道具を運び込み、これだけのセットをするのは 大変ですが、ほとんどがベテランばかりでテキパキと楽しく作業は進みます。 ① ② ③ ④ ●二日目は… 一晩水に浸けた大豆を煮るわけですが、 これがけっこうエキサイティングで、私も楽しみにしていたのですが、 どうしても仕事が入っていて、この日の私の仕事はYUKIを送り届けること(^_^;) 早朝から、これじゃ火もおこせないのでは無いかと思う豪雨。 でも定刻より30分ほど遅れて到着した午前9時頃には雨もすっかり上がって好天気! 後はYUKIに任せて現場を後にしました。 この日は温度も上昇し、火のそばでの釜湯で作業はとても暑くTシャツ一枚で頑張ったようです。 ① ② ③ ④ ●三日目は… 煮た大豆を取り出して、大きなボールに米麹と混ぜ合わせ、 それを機械でミンチ状、すなわち味噌の原型にするという作業で、 これは地元の小学生もやってきて、ガヤガヤと楽しくやりました。 ① ② ③ ④  ⑤ ⑥ ⑦ ⑧

去年は味噌を寝かすポリバケツを忘れた我が家でしたが、 今年は昨年の2倍という事で、もうひとつバケツを購入しようと前日に マルエツの上にあるトステムビバ(日曜雑貨店)に8時で閉店と知らずに行って買いそびれました。 しょうがないので沢庵を漬けていた大きなポリバケツを持参(^_^;) ① ② 沢庵の匂いがぷんぷんしていて、これじゃ味噌が可哀想といわれましたが、 大きなビニール袋を仲間から頂くことが出来てなんとかクリア、 人騒がせでドジな夫婦として米作りの飯山同様に有名になりつつあります。

今年もみんなでカレーライスを食べて、来年の大豆作りの希望者を募りました。 最初の種まきが6月18日という事ですが、この日は宮崎でYUKIが今年も日舞を披露する日(^_^;) 私たちの参加はそれ以降になりますが…3年目の大豆つくりも楽しみです。 ① ② ③ ④

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2011年02月14日369号 しなやかな闘い

『しなやかな闘い』…国立市の前市長上原公子さんの著書の題名です。

上原さんはYUKIと宮崎の中学時代の同級生で、私も結婚当初からの知人です。 その上原さんが、私が3年ほど前から参加している【日本の医療制度を守る市民の会】の 月に一度のセミナーの講師を務めるというのでYUKIと一緒に出かけることにしました。 もちろん本人には何も伝えていません。 少し遅れて着いたらすでに満席で一番後ろの席にすわりました。 ① ②

上原さんが中学時代から問題意識を持った明るい性格だったことや 大学時代は反戦運動に参加したり、活動家だったことはYUKIから聞いていましたし、 宮崎市の大型リゾート『シーガイア』の開発で200年の歴史を持つ防災林を伐採することに対する 反対運動をしていたことも知っていました。 そんな上原さんが引っ越した先の国立市での生活クラブの活動から、 市会議員になり市長になっていたのも彼女らしいと自然のなりゆきと思っていました。

こうして壇上の上原さんの政治家としての話を聞くのは初めてですが… 思った通りというか、思った以上に自然体で、 聴衆の誰もが彼女の話を素直に聞き入っているのが、いつも参加しているセミナーだけに良く判ります。

生まれつきの問題意識の高さと、周囲の人に助けられ、おだてらて、もちあげられて(^_^;) 2期8年の国立市の市長を反市長派の議員や石原都知事と“しなやかに闘い”ながら 市民主導の街づくりまちづくりと、それをサポートする行政をやってきた 上原さんの熱い思いがよく伝わってきました。

休憩時間、上原さんは私たちを見つけて驚きながらやってきて 私がスリムになった事にもまた驚いていました(^_^;) ① ②

質疑応答には、どれも的確でユーモアを交えムダがなく 市長経験8年が磨きをがかけたのか、さすが上原さんという感じでした。 中でも面白かったには「都知事選に立候補する気はないのか?」という質問に、 とても乗り気はあるのだが、そこまでの状況が伴わない残念さが滲みでて 彼女らしい可愛らしさが出て良かったです。(^_^;) ① ② ③

しかし… 政権を取ったからといって社会や経済を変えられないのは民主党が証明済みです。(^_^;) 都知事になったからといって思い通りに行かないは国立市長でも経験済みのはずです。(^_^;)

上原さんは現在は市民が主役の地方自治を広めるようと全国で講演活動をしているようですが、 それを地道に継続し輪を広げていくことのほうが有効ではないでしょうか。 無縁社会が叫ばれる、この時代に必要なのは税金を使っての対策ではなく ひととひとが人間らしく触れ合い分かち合える、あたりまえで自由な社会のはずです。 上原さんの熱い思いが小さな“核”と少しづつ増えていけば それがイッキに広がるのがインターネットの時代なのですから。(^_^) (同時発行のブログでもこんな事を書いています)

【医療の会】に毎回参加する私に楽しみは、その日の講師を交えての2次会ですが なんと上原さんは所要があって不参加という事で残念でしたが… ① 2次会では上原さんの幼馴染という理由でYUKIが乾杯の音頭を(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤

この医療の会も、FPの内藤真弓さんとフリーライターの早川幸子さんがコツコツと始めてまる3年、 毎回、いろいろなゲストが、いろいろな立場で、いろいろな意見が聞けるのが楽しみに… それにもまして二人の美女に関わっていくのが楽しみで(^_^;) 私もだんだん日本の医療制度に対して少しは考えるようになっていくようです。

美女たちの『しなやかな闘い』こそが、この国を変える原動力になるかもしれません。

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2011年02月07日368号 エノちゃん企画セミナー

4日(金)東大和のパティシエ・エノちゃんが企画したセミナーに行ってきました。 3年前が最初で、その時は私はパネリストの一人として参加したのですが 今回はビデオ撮影とオブザーバーとしての参加で、全6回のプログラムでこの日は2回目です。

今年のプログラムのテーマは【自然農法でおいしい健康野菜をゲットしよう!】 私が一昨年の初めから約2ヶ月ほど、YUKIと毎週土曜日、10回通ったところで… 意見のすれ違いから突然止めてしまった東大和での自然農法ですが(^_^;) それを少しでも多くの人に知ってもらい地域の触れ合いのきっかけにしていきたいという エノちゃんの一途な思いです。

あれから2年、私と意見が衝突した副会長のO氏はすでに脱会、 自然農法の第一人者で会長の内野さんと話す機会もあって… あれから、相模原での大豆作るを毎年やるようになったので自然農法には戻れないが、 エノちゃんの友人として東大和の自然農法と関わらせてもらうことになったのです。

最初の2回は都立農業高校副校長の斉藤義弘先生。 園芸関連の本の監修や、朝日新聞の文化欄にプランターでの野菜作りを連載されたり、 いろいろと活躍されている先生です。 初日は定員30人のところ満席で、私の座るところが無く、講師の先生の直ぐ横に椅子を用意してもらい そこから、超アップで迫力の映像を撮らせて頂きました。

会場からの質問も次々に飛び出して、まずは大成功のスタートです。 大した宣伝もせずに何でこれだけ集まったのか?不思議に思っていたのですが、 セミナーが終わって、多くの人たちがエノちゃんと親しそうに挨拶して帰るのです。 ① ② ③ ようするに、ほとんどがエノちゃんが集めたというわけで、その情熱にはアタマが下がります。

第2回目は人数が減るかと思っていましたが、やっぱり満席! 斎藤先生の2回セミナーは大成功のうちに終了しました。

エノちゃんの店に戻ると、セミナーを見終えた4名の人たちがすでに来店していました。 そこで、またエノちゃんの熱弁が始まります(^_^;) ① ② ③ エノちゃんの思いはあくまで東大和のコミニティが構築され、 人と人のつながりの中で街が元気になって、そして自分のお店も維持していける事。 野菜作りは、そのための手段であって目的ではないのです。 もちろん農業の面白さや、大切さを充分に理解してで、 エノちゃんも野菜作りの楽しさにどっぷりつかっているのです、私同様(^_^;)

次回から2回は自然農法の内野さんのセミナー。 そして農場での実習があって 最後がエノちゃんの司会での座談会で、この時には私も少し発言しようと思っています(^_^;)

追伸  先週から週間KENのアップがスムーズにいかず…今日(6日)日曜日にも関わらず アカラックスの坂本さんのオフィスにお邪魔して、ホームページ・ソフトを使わずに どのパソコンからもアップ出来る方法を伝授頂き、どうにかアップする事が出来ました。 ここに謹んで御礼申し上げますm(_ _)m

2011年01月24日366号 新年会3件

21日(金)にアカラックスの新年会。 23日(日)には、午後1時から横浜で拓大ラテンアメリカ研究会同期の新年会。 午後6時から虎ノ門でハートコンサートの反省会&新年会があり もちろん3つともYUKIと参加してきました(^_^;)

●21日(金) アカラックス新年会 アカラックスの新越部長の厳しい指示に従って 坂本さんは慣れね手つきで、なにやらやっています。(^_^;) ① ② 大阪出身の新越さんが自宅から持ち込んだ、たこ焼きの用の重い鉄板と こだわりの材料を用意万端取り揃え、 たこ焼き屋と模様替えされたアカラックスは全社を挙げて新年会のゲストを向かえいれました。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ 栄あるゲストに選ばれたのは、石井さんと白根さんと私とYUKI… ま~なんてことはない何時もの飲み仲間です(^_^;) ① ② ③ これ以上集まったらアツアツのたこ焼きツツキながら…という今回のコンセプト無くなるわけで 適正人員という事になるようです。 なかなか充実して楽しいひと時を過ごすことができ、ちょうどテレビでアンコウが写っていて 次回はココで”あんこう鍋”をと盛り上がりました(^_^;) アカラックスの皆様ほんとうにありがとうございました!そして今年もよろしくお願い申し上げますm(_ _)m ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ●23日(日) 拓大ラテ研・同期の新年会 横浜駅東口スカイビル 週間KENではお馴染みのラテ険の同期の新年会です。 卒業以来42年ぶりに小室(旧姓石田)さんがOB会初参加で盛り上がりました。 徳島の日切が学生時代に好意をよせていたようで、 私に会う度に「石田さんはどうしている?」…と聞くわれわれ同期では姉御肌でチャーミングな人でした。 本人にその事を話すと「日切さんってどんな人だったけ?」(^_^;) 私の保険の契約者でもあり毎年会っている川村もOB会の参加は久々で 卒業以来という同期も多くいました。 ① ② 永森は3月に、今度は中米の小国ベリーズにJICAシニアボランティアで2年間赴任するので その研修合宿のため参加できず、別途送別会をやる予定です。 今回集まったのは11名+YUKIの総勢12名です。 ① ② ③ 現在、所在が判っている同期生は25名!うち11名が海外や首都圏以外に在住で 今年の秋ごろをメドに全員が集合出来るようなOB会をやろうというハナシになりました。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ⑯ ⑰  ●23日(日) ハートコンサートの新年会 虎ノ門 ラテ険の新年会が5時頃に終了、横浜からJRで新橋に出て地下鉄で虎ノ門でおりて… ぎりぎり6時の新年会に間に合いました(^_^;) 新年会と言っても、その前に年末のコンサートの反省会や会計報告があって ① ② ③ ④ それが終わって、ビールとワインとお弁当という軽い新年会です(^_^;) 東京タワーがよく見える、素晴らしいスペースで、 新しいボランティアの仲間も加わって、いつもと違った楽しいひと時をすごすことが出来ました。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩

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2011年01月17日365号 8泊9日の旅 先ほど帰宅

8日(土)の早朝5時に我が家を出て… 9日(日)の夜、唐津の宿から先週号を書きましたが… あれから一週間、先ほど我が家に帰宅しましたので、その続きをダイジェストで書いておこうと思います。

●10日(月) 唐津→宮崎 早朝から雨が降っていて、それが雪に変わって、 全国的に雪模様のようで、夏タイヤしか無い長距離ドライブに不安がよぎります。 まずは、世田谷から唐津に越されたYさん宅にアポ無しの突撃訪問! とてもビックリまた感激して頂き、いつものように楽しくひと時をすごす事が出来ました。 とてもモダンで素敵なお住まいでした。① ② ③ ④

そしてホテルに戻って【玄海】という和食店で遅い昼食。 こんな豪華で、これにデザートとコーヒーが付いて999円! 「こりゃー安さの限界(玄海)ですね」とレジで言っておきました(^_^;)  ①

そのあと、せっかく唐津まできたのだから唐津城ぐらいは…と思い雨の中を… 彦根城の”ひこにゃん”は有名ですが、唐津城にも”からわん”がいました(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ⑯ ⑰ 天気が良ければ伊万里とか有明海とか…考えていたのですが 雪でも積もったら大変と一路宮崎に向かい、義母宅で寛ぎ、この日はビジネスホテルで。  ① ②

●11日(火) 宮崎 「クルマがあれば、その日に獲れた新鮮な魚が手に入る鮮魚店に行きたい」 という義母の要望で鮮魚店に、ちょうど門川漁港からトラック一杯の魚が到着 いろいろな魚がいて、なかなかエキサイティングで面白かった!① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧  そのあと、近くの公園を探索、① ② ③ ④ ⑤ もちろん夕食は魚三昧。 ① ② YUKIは昨年に続き、今年も義母の踊りの会に出場するため義母の特訓を!① ② ③ ④ ⑤ ⑥ この日から4泊はシーガイアに敷地にあるサンホテル・フェニックス。 ① ② 前回泊まって気に入ったのだか、なんせ大浴場とサウナがあって、朝食のビュッフェも中々で 部屋のゆったりして、これで一人5000円ちょっと(^_^;) なんせパソコン3台に【iPapic365image 0705-056.jpgd】や諸々を持ち込んでの旅で、ここはおちつけるのです(^_^;)

●12日(水) 宮崎 この日もYUKIは特訓! ① ② ③ ④ ⑤ 88歳の義母は現役バリバリの日本舞踊の師範で本当に元気(^_^;) ① 夜は義母もお気に入りの鰻やさん【かねしん】へ ① ② ③ ④ ⑤ ●13日(木) 宮崎 この日はあまりにも天気が良いので… ① ② 無料で自転車が借りられる事もあってシーガイア周辺をサイクリング。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ もちろんこの日もYUKIは特訓!

●14日(金) 宮崎 この日はYUKIの今回の特訓の最終日で着物を着て ① ② ③ ④ だんだんサマになってきたようで…でもまだまだ6月までは(^_^;) 宮崎の最終日はなぜか決まってピザの出前! ① ② ③ この旅行で特に宮崎では義母の薦めもあって良く食べてしまって 63キロ前後だった体重が4キロ近くも増えてしまった(^_^;)

●15日(土) 宮崎→京都 天気が崩れて雪の可能性もあるようで、午前10時に宮崎を出発。 途中の宿泊地は決めていなかったが、日曜日も雪や雨の予報が多く スムーズに帰宅するには、京都まで行ってしまおうということで約1000キロ! ビジネス・ホテルに泊まる。 ① ② ③ ④

●16日(日) 京都→川崎(帰宅) 予想どうりというか、予想以上の雪でびっくり! […]

2011年01月10日364号 唐津(佐賀県)の宿から

唐津(佐賀県)の宿から書いています(^_^;) 唐津についたのは午後10時で、明日お客様のお宅を訪問する事になています。 実はお客様のYさんは私たちが明日訪問する事をまったくご存知ありません(^_^;)

Yさまご夫妻は80歳代の古いお客様。 暮れにカレンダーをお届けに世田谷のご自宅に伺ったのですが、 家が真っ暗でお留守のようなので、カレンダーを郵便受けに入れておいたのですが、 年賀状を見てビックリ!ご夫妻の故郷である唐津に帰られたというのです。 世田谷のご自宅は長期の火災保険にも加入されており… わざわざ伺うというと気を使われると思うのでナイショで突然伺う事にしたのです(^_^;)

今回も妻の故郷である宮崎に行く用事があったので、 また公私混同のいつもの旅に出たというわけです(^_^;) 家を出たのは8日(土)のこれもいつものように早朝5時! この3連休の高速割引を利用して宮崎まで行こうという、これまたいつものパターン(^_^;)

大阪までのドライブはもう数え切れないほどやっているので、 マラソンの選手が走行距離とタイムを見ながらスタミナ配分をするように 今回はココまでこの時間でこれて好調とか、けっこう楽しみながら飽きずドライブを楽しんでいます。 新名神高速道路が開通し、我が家から400キロ地点が『養老サービスエリア』(岐阜県)だったのが 新名神だと『土山サービスエリア』(滋賀県)。 この『土山SA』がなんと雪景色でビックリ! ① ② ③ ④ ⑤ このあと従来の名神で走行すると500キロ地点の『大津サービスエリア』を455キロで 時間も30分短縮して通過するのです。

そして岡山で高速道路を降りて… 岡山城  ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩  ⑪ 後楽園  ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ⑯ ⑰ ⑱ そこから福山市までいって昨年5月に泊まったビジネスホテルにチェックイン 近くの居酒屋でビールとチュウハイ4杯飲んでバタンキューで眠りました(^_^;) ① ② ③

9日(日) ホテルからクルマで30分ほどで行ける『鞆の浦』へ。 宮崎駿のポニョのモデルになった所とは知りませんでした(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮

そして昨年の11月に伯父の法事で行ったばかりの 角倉家のルーツ『上下』(広島県府中市)に!  ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ 今回の旅の目的の一つでもあるのですが、 これは書き出すと長くなりそうなので機会があった時にお話いたします(^_^;)

そして…唐津にいるというわけです(^_^;)

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2011年01月03日363号 こんな時代だからこそ

あけましておめでとうございます! 皆様どのようなお正月をお過ごしでございますか?

大晦日の夜9時ごろ我が家の近くにある高層のマンション群の横をクルマで通過した時、 なんだかいつもと違う風景に感じたのですが… それはほとんの窓が明るく照らされていたからです。 毎年この日この時間はそうだったのかも知れませんが、 「この不況でみんな家にいて質素に正月をすますんだ!」…とYUKIと笑いながら クリスマスのイルミネーションのように輝くマンション群を楽しく眺めながら通り過ぎていきました。

不況・不況と暗いニュースが流れますが、 ず~と不況の我が家からみれば(^_^;) とても落ち着いた良い時代になっていくように私は思っているのです。

前号で少し紹介した年末恒例ハートコンサートは第17回目でしたが 第1回目が開催されたには私が新聞配達をやっていた頃でした。 友人のノブさんがライオンズクラブのメンバーを中心にボランティアで始めたと聞いて 私は「こんなものは長く続くわけがない!」…と冷ややか目で横から見ていました。 ライオンズクラブや国際ソロプチニストの”お付き合い”の場といった感じがしたからです。 しかしココ数年、そのような人は激減し 残ったのは、このイベントそのものを毎年暮れの楽しみとして参加してくれる人たちです。

したがって参加者を維持するのは大変ですし、 若い音楽家に僅かであっても奨学金を出して、 ホテル・ニューオータニの総料理長のフルコースの料理とワインとクラシック演奏を楽しんで 一人12000円という料金は、リーズナブルと言っても、今の時代、安くはありません(^_^;)

私は閉会の挨拶の中で… 「大変な時代だけど…いや大変な時代だからこそ、このようなひと時を持つという事… 若い音楽家の成長を応援し見守るという心の余裕や豊かさが重要に…」 なんて事を言わせてもらい 「新しい年も、この日がある事を忘れずに厳しい1年を乗り越えて下さい!」 といったようなスピーチをしたのです(^_^;) それは私自身の偽らざる気持ちでもあるのです。

なんだかんだといっても、 経済成長の中でいろいろな贅沢を甘受してきた現代人が、生活レベルを急激に下げる事はつらいものです。 しかし、少し落ち着いて生活を見直してみると、そんな中で失われいったモノも数多く、 それとのバランスを調整する良い時代になっていくように私は思っているのです。

ヒロコは米国留学中! もちろん仕事は休職、自費と奨学金と円高メリットを生かして、 それなりにエンジョイしながらやっているようです(^_^;) 毎日アップされる本人のブログや、無料で何時間でも画像付で会話が出来るスカイプで お金をかけずに色々な事が出来るようにもなりました。 我が家の”恒例バカバカしい年賀状”も…日米合同で簡単に出来てしまいました(^_^;)

というわけで 今年もマイペースで、それなりに忙しく(貧乏性なもので) それなりにガンバリながら、清く貧しく生きて行きたいと思っていますm(_ _)m