2012年4月23日 第431号 セニョール・ナガモリの一時帰国

”セニョール・ナガモリ”こと大学時代の親友・永森が中米のベリーズから一時帰国しました。 今回で2回目のJICAシニア・ボランティアで一回目は2007年から2009年のホンジュラス。 今回は昨年の2011年から2013年のベリーズで1年経過時点で健康診断のための 一時帰国があるのです。

前回はその一時帰国の時にブログを書く事を薦めたのですが 今回はFacebookのレクチャーをすることになりました。   

と言ってもそんな難しい事ではなく 私もやっているように、永森が毎日書いているブログのアドレスをコピーして Facebookに毎日貼るだけの話しなのです。 それはメールでも書いたのですがまったく判らないというのです。

何でそんな簡単な事が判らないのかと、永森宅でのレクチャーとなるわけですが その謎は解けました。 なんと!永森はFacebookのサイトを一度も開けた事がなかったのです(^_^;) Facebookでのメールや人からのコメントにはちゃんと応えているのですが それはメールで転送されたものを、そのメールから返事をしたというのです(^_^;)

ま~その気になれば出来るのでしょうが面倒だったのでしょう(^_^;) そんな永森でも、この1年で100人の”友だち”が出来ているのです。 ようするに現地にいるほとんどの人がFBをやっているという事です。

FBのは世界中の個人と個人を結びつけるツールですから職業が変わろうと どの国に居ようと常に繋がった状態になっているので、最初は名刺交換の挨拶ていどで ”友だち”にでも、FBを通しての些細な発信を見て行くことで 親しみや人間性が伝わって関係が深まっていくように感じています。

2年間のベリーズ滞在で少しでも多くのFBの友だちを作っておくこと。 そして前回2年間滞在したホンジュラスへ再訪した機会に懐かしい仲間たちと 友だちになっておく事を強く薦めておきました。 そうしておけば日本のおけるホンジュラス・ベリーズの”第一人者”として 楽しい余生いや第二の人生が送れるかもしれません(^_^;) これまで永森より詳しい人はいたかも知れませんがFacebookは無かったのですから。 永森のチャレンジはまだまだ続くかもしれませんが(^_^;)

ラテ研(拓殖大学・ラテンアメリカ研究会)の仲間と永森を囲んでの写真 4月13日

 

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2011年03月14日373号 地震の次の日

12日土曜日は何かと忙しい日になってしまいました。

ず~と前からこの日はエノちゃん企画のセミナー5回目で 今や懐かしい自然農法の東大和の農園の実習がありその記録係になっていたのです。 そして夜は7時から、ヒロコの学童時代のお友達で父親の故山本修さんの一周忌のミサが教会であり 出席する事にしていたのです。

ところが24日から中米ベリーズにJICAシニアボランティアで出発する 友人・永森の歓送会が突然この日の午後3時に決まったのです。 本来なら永森の歓送会はキャンセルすれば良いのですが… 実は山本未亡人の文子さんも偶然なのですが、同じ24日にJICAシニアボランティアで アフリカのカメルーンに出発する事になっていて 文子さんにも永森と同じようにブログを書く事を私は強く薦めていて今週も ご自宅に訪問する事にもなっていたので、ミサの方はYUKIが代表で行ってもらう事にしたのです。

東大和、特に農場に行くにはクルマがベストなのですが、 午後3時からは横浜での永森の送別会で当然アルコールも入るので電車で行く事に決めていました。 前日には東日本巨大地震があって、その事はブログで書いていますが(^_^;) 南武線は午前7時から通常に動いているというニュースがあったので、途中でゆっくり朝食を取る時間も 考慮して我が家を7時30分頃に出たのです。

ところが南武線の登戸駅のアナウンスは 「昨日の地震のため運転を見あわております、運転開始は8時となっていますが 詳細な時間は不明でしばらくお待ちください…」 とホームに流れるのですが、 8時を過ぎても同じアナウンスが流れるだけで駅員の姿は一人も見えず、 どのような状況で、後どのくらい待たされるかも判らず寒いホームにジッと待たされ続けられるのです。

結局9時近くに電車が来て、それも各駅停車で踏み切りごとに停車して 立川駅についたのは10時を大きく回って、その時点でづでに遅刻です(^_^;)

立川駅で帰りは横浜まで行かねばならないので、今日のような日は何が一番早く行けるか 駅の案内で聞くと、「南武線が一番早いでしょう」 と今来たコースを登戸を経由し武蔵小杉で 東横線に乗り換え行けというのです(^_^;) こんな事なら最初からクルマで我が家を往復し、クルマを置いて横浜に行けばよかったのです。

けっきょく農場には大きく遅刻したのですが、地震の影響もあって参加者も少なく セミナーはほとんど終盤で、なんとなく終わってしまいました(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤ 懐かしいメンバーとチョト団欒し、3時の横浜に間に合わすため農園を後に。 ① ② ③

歩きながら、香港の小倉に電話、奥さんのキエちゃんは津波の被害が大きい福島県相馬市が実家。 1974年の夏、永森と私は相馬で大変お世話になっているので、心配をしていたのでが無事を確認!

モノレールで立川に戻り、こわごわ南武線のホームに(^_^;)

すべて各駅停車だけどスムーズに運行され、思ったよりも断然早く横浜に到着。 この送別会も地震の影響で3名が欠席、 その代わりというわけでもないのですが1年先輩の岡広さんが出席。 どうして我々同期の集まりを知ったのかと思ったら、永森の3月5日このブログを見て(^_^;)

私はこの古谷が作った永森歓送会の案内状をそのまま載せて何の意味があるのか?!と 思っていたのですが案内の行っていない先輩の岡広さんが見つけられたのです。 この会の模様は今見たら永森が写真入りでブログに書いているたので、そちらを参考に(^_^;)