2007年04月16日169号 YUKIと雪の北海道より!

今、札幌に来ています! もちろんYUKIと一緒です(^_^;) もちろん、いつものようにメール相談でのご契約です。

今朝は我が家を早朝に出て、羽田近くのパーキングにクルマをおいて 朝6時30分発の飛行機に乗って一路北海道へ! しかし、お客様に会うのは16日月曜日の夕刻です。 なにも、そんなに早く行くことはないと思われるでしょうが… どうせ行くなら『行きは朝一番!』『帰りは最終!』でメイッパイたのしもう! コレが我が家いやYUKIのオキテなのです。(^_^;)

朝8時に新千歳空港!! これは3年前の8月と同じパターンです。 しかし、今回は何と4月の半ばというのに雪が降って、しかも積もっているのです!

レンタカーを予約していた私は不安になりました。 「この雪道で運転出来るのか?」

前回は新千歳からまず支笏湖でしたが、今回は洞爺湖でも行ってみようかと思っていたのです。 まっコレもただ「思っていた」だけで、いつもの行き当たりバッタリの旅パターンですから 何も洞爺湖に行かなくてもいいのです。 と言うより…この雪じゃ洞爺湖行きはもとより、レンタ・カーを借りるのも遠慮したい気持ちです。

そうは言っても予約している以上は空港のレンタ・カーのカウンターには行かねばなりません。 そこで向こうから、この雪の事を言ってくるだろうと思っていました。 ところが雪のことなど、まったく気にする気配なく手続きはドンドンすすんでいくのです。 私はこわごわ「こんなに雪が降って大丈夫でしょうか?」と訊ねると、 「スタッドレス・タイアが装備されていますので、問題ございません」と普通に言うのです。 「あのー、洞爺湖なんか行くのは無理でしょうか?」 「今日は日曜日でこんな天気ですから道は空いてると思います」

空港からレンタ・カーの営業所に向うクルマの運転手も、 「洞爺湖ですか、今日はこんなに雪が降っているから、樹木が雪で覆われて 写真を撮るなら最高ですよ」と、車中からデジカメで雪景色を撮っている私に言うのです。

私もだんだん勇気が湧いてきて心の中で叫びました、「そうだ!洞爺湖に行こう!」

雪に埋もれたレンタ・カーの営業所に、YUKIと二人だけ乗せた送迎バスが到着したとき 異様な風景が迫って気ました。 その大きな新しい営業所はオープンしたばかりのようで、外には花束やタレ幕がたくさんぶら下がり 多くの従業員や関係者が営業所の前にズラッと勢ぞろいをしているのです。 送迎バスの乗客(すなわち私とYUKIだけ)が荷物を持って降りると 全員が「いらっしゃいませ!」と最敬礼をするのです。 中に誘導されると営業所内にもズラッと人がならんでいて、こちらでお手続きをしますので… と応接室のようなところまで、どんどん案内されていくのです。

そして、なんと!私達がこの日本最大級のレンタカー店の第一号のお客様だというのです。 そこで記念品の目録(後で連絡するという事で実はまだ何かわからない)や お菓子などを貰って、記念撮影までさせられて大騒ぎです(^_^;) 手続きを済ませると、今度は我々がクルマのところに向う通路までも整列が続き、 屋外でも雪が吹き込む中で数名が私達が出発するのをジッと待っているのです。 もうこっちも気の毒に思って、カーナビやクルマの説明などの頭に入りません。

ほんとうは雪景色や新装開店の様子も撮りたかったのですが、 そんな余裕などまったくありませんでした。 「こちらへどうぞ!」「こちらへどうぞ!」と、大勢のスタッフにあおられ誘導され(^_^;) 開店第一号の顧客、すなわち私達は雪の降り注ぐ中、洞爺湖に向ったのです。

ところが洞爺湖には雪がないのです(^_^;) 何事も思い通りにならないから面白いのです、 湖畔のレストランで食事客がザ・ウインザーホテルの話しをしていました。 そうだ洞爺湖にはあの有名なホテルがあるのだ、と早速行ってみました。 湖畔から10キロぐらいですが、そこは見事な雪景色の中のドライブ! ザ・ウインザーホテルもキキシニ勝るゴージャスさで見るだけで帰ってきました。(^_^;)

上から見下ろす洞爺湖は神秘的でした。 定山渓温泉にも立ち寄り足湯を… 夕刻、札幌エクセル・ホテル東急にチエック・インして、 […]

2007年04月09日168号 YUKIの誕生日

4月8日はYUKIの誕生日です。 お釈迦様と同じ誕生日です。 何度目の誕生日かはとりあえずナイショにしておきます(^_^;)

土曜日の夜、時計の針が午前0時を回り8日になったばかりの頃… 「お誕生日おめでとう!」 と私はYUKIに言いました。

「忘れていたのにバカなこと言わないで下さい!」…と YUKIは言うのです(^_^;)

幼い頃から家族の誕生日ごとに、クリスマスごとに、何かと… 大いに盛り上がってオメダタイまま、この歳になってしまった私と、 そのようなモノなどにウカレルこともなく地道に?この歳まで歩んだYUKIとは、 ウマレもソダチが違うようなのです。

私も今では、大いに盛り上がら無くても、少しは盛り上がっていいと思うようになりましたが 「お誕生日おめでとう!」と言って怒られることもないと思うのです。

でもYUKIの誕生日を私がまったく無視したまま… 7月を向え、私の誕生日のハナシでも自分から持ち上げようものなら、 「自分の誕生日だけは、しっかりおぼえてらっしゃるのね」 な~んてイヤミを言われちゃったりするかもしれないのです。

たしかに、このトシになって「おめでとう!」もないかも知れません。 もっともっと高齢になれば激励や感謝の意味も出てくるでしょうし 100歳にでもなれば「おめでとう!」と誰もが心から言えるのでしょうが。

「ちっともめでたくも無い!」と言われてしまえば、 「それも、そうだよなー」と私もくじけそうになってしまいますが ここは明るく!(何でいつもそんなに明るいのか?とYUKIは言いますが) 受け止めて頂きたいとセツに思うしだいです(^_^)

YUKIにこっそりプレゼントをという手も、考えたこともあったのですが… YUKIは物欲の無いひとでプレゼントをするのも、とても難しいのです。 食べることにも、まったく興味がないので、これまた難しいのです。

また我が家の家計はYUKIにスベテ握られています。 (これは正確ではありませんね、ヒロコは完全に独立ているようです) 正確には”私の家計”はスベテにYUKIに握られているのです。 したがって「YUKIのプレゼントを買うから、お金を下さい…」 なんてYUKIに言えるわけがないのです。

夜7時頃、出かけていたヒロコを駅でピックアップして 3人で地方選挙の投票場に向いました。

夕飯は…YUKIの誕生日に、食事の用意をさすのは気の毒だという事で いつものタイ・カレーのお店、イム・イエムに行きました。 会計をしようと思ったらYUKIはサイフを忘れたというのです。 私もお金を持っていません(いつものことですが^_^;) ヒロコが居なかったら無銭飲食になるところでしたが ヒロコのオゴリで無事、お店を出ることが出来ますた。

そしてバスデー・ケーキの変わりに最中(もなか)を食べました。 165号で【空也のもなか】の事を書いたら、この週間KENを毎週愛読?して頂だいている リーホーム21(埼玉県・幸手市)の総務のKさんが「地元の最中も美味しいですよ!」 と私とYUKIで集金に伺った時にお土産にと、わざわざ用意してくれていたのです。 こっちがお土産を持っていかなければならない立場なのに恐縮をしてしまいます。 でも何でも書いて見るものですね(^_^) とてもソフトな餡で美味しく頂きました。

そして今年も4月8日は静に通り過ぎていきました。

2007年04月02日167号 本日から3ヶ月…

先ほど(4月1日午後11時頃)長野県の木曽から帰宅しました。

早朝いつものようにYUKIと一緒にクルマで我が家を出ての日帰りツアーでした。 少々強行軍でしたが、どうしてもコノ日のうちに契約をしなければならなかったのです。 164号でも書いたように、4月2日から保険料改定があり今回のご契約は 改定後には不利になってしまうので、その前に加入出来る最終日だったということです。

強行軍とはいえ、いつものように旅も楽しんできました。 信州の美味しいお蕎麦も… 信州?の美味しいソフトクリームも… 木曽馬とのツーショットも… そして木曽御嶽山も… 天気もよく!寒くもなく!暑くもなく、最高の行楽日和でした。

きょう4月2日から生命保険の保険料の改定があるわけですが… おなじ今日4月2日から始まるものがあります。

それはとても不名誉なことですが、東京海上日動火災の第三分野商品が 7月1日まで3ヶ月の行政処分での業務停止です。 このことで、お客様から電話がありました。 現在ご契約のお客様にはまったく影響はないのですが、 何かと誤解をや不安を与えているようです。

まず今日からの業務停止命令の対象になったのは 【東京海上日動火災保険の第三分野商品】です。 先ほど、電話があったお客様は【東京海上日動あんしん生命の生命保険】に加入の方 でしたから「関係がありません」とお答えしたのです

まず保険会社の名称です。 私は”東京海上の代理店”と云う表現をよく使います。 本当は東京海上日動というべきなのでしょう。 もっと正式には… 東京海上日動火災保険株式会社が損害保険を扱い 東京海上日動あんしん生命株式会社が生命保険を扱っています。

私は東京海上の総合代理店ですから、お客様に保険をご案内するとき 『東京海上日動火災保険の所得補償保険と東京海上日動あんしん生命の医療保険について…』 何て書いていると肝心のコトが伝わりづらくなるので、 『東京海上の所得補償保険と医療保険について』…と簡潔に書くようにしています。 落語の『じゅげむ』じゃないのです。

ところが、今回の業務停止は、逆にそれでは説明がつきません(^_^;) 今回業務停止命令を受けたのは【東京海上日動火災保険株式会社】すなわち損保の会社です。 【東京海上日動あんしん生命】すなわち生保の会社は対象になっていません。 ところが、業務停止の対象になった【第三分野保険】とは 【医療保険・がん保険・介護費用保険・所得補償保険】と云った商品なので お客様はややこしくなっているようです。 (【第三分野保険】とは損保と生保でクロスオーバーしている保険)

そもそも【東京海上日動火災保険株式会社】に医療保険やがん保険がある事すら 知らないお客様がほとんどだと思います。 介護費用保険も最近はほとんど扱われていないようで、 今回の【東京海上日動火災保険株式会社】の3ヶ月の業務停止命令で 影響があるのは所得補償保険ぐらいという事になります。 すなわち【東京海上日動火災保険株式会社】の数ある保険商品の中で ごく限られて保険商品が3ヶ月販売する事が出来ないということです。

お判り頂いたでしょうか? 何だかココ数日、極端に少ない睡眠時間で今、深夜の3時、アタマが朦朧としてきて 自分でも、ちゃんと伝わっているか不安になってきました(^_^;) ようするに、今ご契約のお客様にご迷惑をかける事はほとんどないのでご安心下さい! という事をお伝えしたかったまでなのです。

とはいえ!不祥事は不祥事です!、このことについては しっかりと検証し隠さずにお客様に伝えていくことが、再発の防止になる事だと思います。 私のブログでも、そのことに触れていこうと思っています。

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2007年03月19日165号 空也のもなか

「Aさんから電話で空也(くうや)の最中(もなか)が手に入ったから、取りに来ないかって… たぶんKENに逢いたがっておられるのじゃないですか?」

私が帰宅するなりYUKIはAさんから電話があった事を伝えました。 Aさんは今年84歳のお客様で、私がケーキ屋KENちゃんの㈱フランセ時代に 仕入課長をされていた方でもう40年近いお付き合いになります。

私は銀座8丁目の並木通にあったフランセ本店の店長を数年やっていました。 その頃の銀座は高度成長の真っ只中で並木通りには高級クラブがひしめき 夜になるとフランセの喫茶室はクラブのマネージャーやホステス、そのお客様でごったがえします。

午後10時頃から2時間あまり、銀座のクラブや割烹からイッセイに 電話での”お菓子”の注文が殺到するのです。 その頃の銀座は会社の接待が花盛りで、その接待客の”手土産”になるのです。 この2時間足らずで1日の売り上げのほとんどを占めるため フランセのジャンパーを着たアルバイトが配達に走り回るわけですが… アマンド、ヴィクトリア、ウエスト、コージコーナーなどの数多くの洋菓子店も ライバルとしてしのぎを削っていたのです。

そんな並木通りに、私が出勤する頃には早々と「売り切れ」の札を出している やる気の無い?和菓子店がありました。 「あ~あ~こんな事をやっているから和菓子屋はだめになっていくんだ」… 私は、そう思っていました。

あれから30年、社用族で賑わった夜の銀座の面影はすっかり薄れ フランセを初め多くの洋菓子店も銀座から姿を消していきました。

Aさんとは電話ではよく話すけど、まだ逢ったことが無いというYUKIをつれて さっそく府中のAさん宅を訊ねることにしたのです。

私は昭和53年フランセを退社し1年間だけ旅行代理店の仕事をしていました。 その頃Aさんは持病に苦しんでおられたのですが… 「これが最初で最後の海外旅行になると思うけど、 学生時代の憧れだったドイツに妻と気ままな旅をしたい…」 との希望でパッケージでないオリジナルの旅が出来るよう手配した事がありました。

その最後のハズの海外旅行が84歳になる今日までに ほとんど毎年続けられて、もう大変な旅行通。 その話を聞くのが私の楽しみになったくらいなのです。

ヨーロッパの田舎町での人とのふれあいが何より楽しいと 60歳を過ぎてから、ドイツ語、フランス語、スペイン語の学校に通い Aさんの辞書はどれも使い込んだネンキが入っているのです。 「これが最後の旅行!」が口癖のAさん… 「万里の長城を一目みて死にたい」と昨年は中国にいかれ 今は中国語の勉強もされていて、おどろくばかりなのです。

さてさて、空也のもなかです! 我が家に帰ってさっそく食べることにしました。 小ぶりで、とても美味しいので何個でも行けそうですが(^_^;) 3個たべたところでYUKIからは箱ごと取られてしまいました。

華美なパッケージは一切なく 小さな紙箱にぎっしりつまった10個の最中、これで950円。 防腐剤など一切使わず、その日作った分が売れたらそれでおしまい。 配送も、出店もなく、来店客にのみの販売。 昔からの製造・販売スタイルを頑固なまでに崩さない経営姿勢は まったくムダのないECOそのものではないでしょうか。

私がフランセの銀座店長だった20代後半 業務のマニュアル化・パターン化で拡大路線をひた走り… 時代遅れの和菓子屋とバカにしていたお店です。(^_^;)

2007年03月12日164号 怒りの”保険料改定”

いつもYUKIと一緒にいく東京海上の代理店向けの説明会が金曜日(9日)にありました… わたしが行く前から怒りまくってかなりテンションが上がっているので 「今回はKENひとりでいらして下さい!」とYUKIから言われ一人で出かけました。(^_^;)

今回は生命保険の【標準死亡率】の変更に伴う保険料改定についての説明会です。

何をそんなに怒っていたかというと… 4月から保険料が改定されるというのに、代理店での試算が23日にならなければ出来ない事…そして それでは間に合わないと、担当者に新保険料のシュミレーションを出してもらったら とんでもない事が判ったからです。

今回の改定は、簡単に言ってしまえば… 死亡率が下がったので、4月から、その分は保険料が下がりますよ…と言ったような事のようです。

私が今まで経験してきた保険料改定は、 予定利率の引き下げにともなう、保険料の値上げでした。 この場合は…「4月から保険料が上がりますから、3月中にご契約をすれば得ですよ!」という セールス・トークやキャンペーンが行なわれました。

ところが逆に4月から保険料が下がるとなるとどうでしょう?

「4月から保険料を下がりますから、4月になってからご加入下さい!」 というキャンペーンはしないようです。

そこまでする事はないでしょうが、 お客様には今月中にご契約した場合と来月になって契約した場合の 具体的なシュミレーションをお見せして、確認を取ることぐらいは必要ではないでしょうか。

損害保険(自動車保険や旅行保険)は来月から保険料が安くなるからと言って 契約を先延ばしするコトは少ないでしょう、 また、その保険料を何年も変わらず継続される事もありません。

しかし生命保険は契約日を来月に先延ばしさせても大きな問題はないでしょう、 また、契約時に決まった保険料は何十年と変わりません。 毎月の保険料が500円安くなれば30年では18万円違ってくるのです。

しかし、代理店での試算は23日以降でなければ出来ないという事で お客様に開示する資料を作る事が出来ないのです。 したがって私は4月から基本的には保険料の値下げがありますからと… 3月での生保契約は控えるようにしていたのです。

そんな中、メール相談でのお客様が契約を望まれることになったので、 ご契約を頂く前に、3月と4月の保険料の具体的な資料をお作りしなければならないと… あんしん生命の担当者に頼んでエクセルのシュミレーション資料を送付してもらい、 それを分析して、私はビックリしてしまいました。

私はつねづね、昨今の医療保険の売り方や仕組に問題提議をし、 それ対して、従来からある【入院特約】の優位性をご案内してきました。

その【入院特約】がなぜか?…保険料が約1割値上げ、逆に解約返戻金が約2割減っているのです。

そんなコトは、改定の案内にも書かれていませんし、生保担当者からも聞いていません。 今回の改訂は【標準生命表】の変更によるものだと言う事ですが、それによって 解約返戻金が2割もカットされる理由が私にはわかりません。 保険料を高くして、解約返戻金をカットするというのは、契約者にとってはダブル・パンチです。

ただ、こんな事で文句をいうのは私ぐらいで 多くの代理店も契約者もなにも気づかず、やがてはこの【入院特約】自身が姿を消すかもしれません。 どこの保険会社も【医療保険】を主力にしていくようです。

私はいずれは【入院特約】も消滅していく保険だとは思っていました。 私が契約者に良いと思って薦めてきた保険の多くは消滅させられてきたからです。 この3月で、私が大好きだった【3つのあんしん】も消滅します。

保険会社も営利企業ですから”売り止め”にしたり”消滅”させる事はしかたが無いと思っています。 しかし何の開示もなく、このような”大幅改定”をするのはどうでしょう。

そのような疑問をいっぱい抱えて、説明会に乗り込みました。 2時間に渡る解説をしたのはH君でした。 彼は私の担当者が不在の時にも私の面倒な?質問に少しも嫌がらず応えてくれる好青年です。 おとなしく黙って聞くことにしました。

時間が限られているので【入院特約】にまで触れない事は理解しました、しかし… 時間が限られているのに、今回の改訂とは直接の関係はない、 […]

2007年02月26日162号 F君の定年

私の学生時代の同級生がぞくぞくと定年を迎えました。 大学時代の同級生は、けっこう年上がいたりして、何年も前に定年になった者もいますが 飛び級制度の無い我が国の学校システムにおいては、 この3月末をもって私の同級生は全員60歳を超えてしまうのです。

その中の一人で2月に定年を向えたF君の家にYUKIと訪ねました。 F君は学生時代から、とても几帳面で真面目な性格で”信用金庫”に就職を決めたときも みんな彼にピッタリだと思いました。 そして、みんなの予想通り?に”その信用金庫”を定年まで勤め上げました。 しかし就職した時の信用金庫と、定年になった時の信用金の名前は違っていました。 数年ほど前に吸収合併されてしまったのです。

それでも几帳面で真面目なF君は家族のためにも歯を食いしばって頑張ったようです。 その長男は東大を卒業しJRに就職し、昨年6月プラハで結婚式をしたようです。 ちょうどその時期に、我がファミリーもW杯のドイツ旅行でプラハに行っており奥様との話は盛り上がったのですが F君は長男の結婚式には出席しなかったのです。 社内の”イジメ?”で休暇も取れず、あと8ヶ月の我慢とあきらめたようです。

次男も早大の院生で自立をしたようで、F君は二人の息子をリッパに育てあげ、 無事定年を迎え肩の荷もすっかりとれ、少し太ってとても穏やかな表情になっていました。 会社に嘱託として残るという選択肢もあったようですが… もう2度と同じような仕事はしたくないというのがF君の思いのようです。

テーブル上に外資系生命保険会社の代理店募集の案内資料が置いてありました。 F君に訊ねると、 「どこから情報を得てくるのかしれないけど、金融機関の定年退職者を対象に代理店募集をして、 主に外貨建の一時払の個人年金保険を販売さそうとしているみたいだね」…と言いました。 本人は、こんな商品をあたまから信用しておらず、まったくその気も無いとのことでした。

団塊の世代の退職金が大きなマーケットとして狙われているようです。 豪華なパンフレットには素晴らしい?内容が書かれているようですが 金融の”プロ”でもあったF君は何度も読んでも結局よく判らなかったようです。 生命保険の”プロ”でもある私も見たのですが、よく判りませんでした。(^_^;)

代理店勧誘の担当者は電話で「そんな難しい勉強や知識は必要ないですから…」と言ったそうです。 ようするに、金融機関を長年勤め上げた者の”顔”で同世代の退職金マネーを狙おうというのでしょう。

どうも保険会社というのは、私のように、お客様本位をタテにヘリクツを言う代理店(募集人)より、 保険会社の勧める主力商品を黙ってもくもくと売ってくれる… ようするに『売る機械』を求めているように思えることがよくあります。

そのようなにして売ろうという”商品”とはどのようなものでしょうか? 詳しい内容までは判りませんが、収益性が高く それを売ったF君も、保険会社も潤う商品であることは間違いないでしょう。

それは保険を販売しそれを生業(なりわい)としている私のような代理店も同様かもしれませんが 細く長く地道にやっている代理店はお客様を裏切ったらオシマイだという事です。 すなわち『売る機械』ではやっていけないという事です。

私が”この手の商品”を扱うとしたら、徹底的に商品分析をし、メリット、デメリットを充分に説明し お客様の自己責任を確認した上で加入して頂くことになるでしょう。 しかし、私がそこまで説明したなら多分、多くの契約は貰えないように思います。

なぜなら私は保険屋で”投資”についてはプロではないからです。 これらの商品の多くが、リスクを契約者に押し付けているのです。 契約者の多くも”投資”のプロではないはずです、もし投資のプロならこんな商品に手を出さないでしょう。 ”投資”のプロは、この商品を開発した保険会社にいるかもしれません。 その保険会社がリスクを取らないで、契約者にリスクを取ってもらう商品をつくったのです。

保険会社まかせにして、リスクだけ取らされるなら、自分で納得した投資をしたほうがマシと 私自身が思ってしまうのですから売れるわけありません(^_^;)

今、世間では、格差がどうした!弱者切捨てがどうした!とか言っていますが… 日本経済を支えているのは,そのような弱者たちではないでしょうか?

宝くじ・競輪・競馬でささやか夢を追い、高いタバコ代で財政に寄与し 高いローンでの買い物をし、消費者金融を潤わし… 安物買いの銭失いをするのも、投資の犠牲者という役目を担わされるのも…決まって弱者です。 すなわち、この国の経済が成り立つためには、何時までも愚かな弱者が必要だという […]

2007年02月12日160号 国家の限界

『国家の品格』だとか『美しい国、日本』とか… 国家のありかたがよく論じられるようなりました。

でも個人的には、どうもこのような風潮が馴染めません。 とはいっても私は日本食が大好きでワールド・カップも日本を懸命に応援した典型的日本人です。

『国家の品格』という本はタイトルでヒットしたともいわれていますが… 私はこのタイトルが気にいらないので読んでいません。 ”日本人の品格”ならわかるのですが…”国家の品格”とは何でしょう。 何でしょうと思うなら読めば言いのでしょうが(^_^;)

人類の歴史をひも解くまでもなく、古今東西いつでもどこでも、 人類は個人を犠牲にしながら国家を維持してきました。

環境問題を考えれば人口減少は自然の流れですが、国家の視点から見れば危機のようです。 それが…柳沢厚生大臣の「女は産む機械」発言に繋がるのでしょうが、 【失言はホンネ】ですから彼は正直者だと思います。 政府は”国家”を守り維持発展さすのが役目です。 柳沢サンは国家から給料を貰って国家のために仕事をしているのですから 「女は産む機械」と考え、 国益を守るために戦争があれば「男は戦う機械」と考えても何の不思議もありません。

国家に限らず集団は大きくなればなるほど、 その組織を維持するために個人が犠牲になるという構図があるわけです。 日本人はけっこう、この構図が好きな事は先々号でも書きましたが… この土曜日YUKIと”損害保険業界ネットのOFF会”に参加して、またその感を強くしました。

これで2回目の参加で、閉鎖的な業界の中で色々な立場の関係者がホンネで意見を闘わせて ”生保業界のアカラックス”に対して”損保業界のOFF会”は平均年齢もグツと若く 私の楽しみのひとつになってきたのですが…

私は【ゆったりECOな保険ライフ】というブログを週3回のペースで連載していますが… その基本テーマは保険会社の商業主義に惑わされず、 どんな小さな契約でもネットを上手に使いながら、長くホンネで楽しくやっていく事が お客様にとっても代理店(すなわちワタシ)にとってもHAPPYで経済的というオハナシです(^_^;)

今の保険業界を見回すと新たなビジネス・チャンスとしての新規参入や販売チャネルも増え続け、 保険会社はどこも効率性や収益性を求め大型化をめざし、 私のような個人代理店は淘汰の風にさらされる環境にいるのです。

しかし、保険産業は基本的にパイの決まったゼロサム(例・クルマ1台に2つの自動車保険はない)の 世界であるという事を忘れてはならないのです。 それなのに、どこもここも効率性や収益性を伸ばす事ばかり考えていたら、どうなるでしょうか? そのシワ寄せは契約者にいくのではないでしょうか。 組織が出来れば組織を守るために、収益を上げる事に邁進し個人(従業員や客)を犠牲にします。

私の販売スタイルを語ったら「それは理想だが、そんな事をしたら会社はやっていけない」 と語った大型代理店の代表者がいました、私も当然だと思いました。 それは会社という組織を守るために、従業員の尻を叩きながらでも収益性の高い保険商品を 『売る機械』にならなければならない事もあるからです。

またある40歳の代理店さんは「この仕事は60歳以上は続けられないし続けようと思っていない」 という発言に現在60歳の私はビックリしてしまいました(^_^;)

安定した顧客も抱え、実戦知識が蓄積された、あるていどの高齢になってこそ ほんとうの意味での顧客本位で親身なコンサルティングが出来るのではないでしょうか? 生産性や効率性で小さな代理店を淘汰するのではなく 生業(なりわい)として定年ナシで、ほんとうの意味での顧客本位の出来る保険代理店にこそ 21世紀のビジネス・モデルがあるのと私は思っているのです。(^_^)

「保険会社とホンネで大いにワタリアウべき!」と若い代理店経営者にケシカケましたが… 多くの従業員を抱えスタートしたばかりの経営者にはリスクを感じるようです。 失うものがほとんどない個人として確立した私のような代理店だから言えるのかもしれません。

でも…どうしてみんな組織を作りたがるのでしょうか? そして、その組織を守り維持するために『機械』になって我慢やムリをするのでしょうか?

ネット時代は個人がもっと自由に好きな事を生涯やっていける時代なのです。 まずは「組織の限界」「国家の限界」を知ることではないでしょうか。

それが平和やECOや少子高齢化社会や地域格差や雇用問題をとくカギとなり […]

2007年02月05日159号 私は我が家の何なのさ?

先週は生活のリズムを狂わされた一週間でした。 誰に狂わされたか?というとヒロコとYUKIにです。

ヒロコは外資系の小さな映像製作会社に勤めており… 152号では、アメリカのテレビ番組で日本のめずらしい自動販売機の撮影依頼があり、 それに私とYUKIが出るハメになったことは書きましたが 今度はハリウッド映画の東京ロケの模様を撮影するという依頼があったようです。

これには私もYUKIもお呼びはかかっていません(あたりまえですが) 東京ロケは銀座・渋谷・秋葉原そしてレインボーブリッジと一週間、 それもすべて深夜に行なわれるというのです。 まーヒロコも一人前?の大人ですし、そのような仕事なら仕事で ホテルを取るなりタクシーで帰るなり考えているものと私は思っていました。

しかし初日は、明け方に銀座ロケが終わり”始発”で帰ってきました。 帰ってきました…と言っても帰って来たのは小田急線の向ヶ丘遊園の駅までで、 そこからバスはまだ始発前のため、私は電話で起されて暗い早朝、駅まで迎えに行かされました。 ちょうど一週間前の月曜日未明です。

月曜発行のこの【週間KEN】は月・水・金発行のブログもありますから 毎週月曜日は、午前2時頃に書き上げて就寝するのがパターンになっています。 それでも7時30分には起きるのですが…5時はちょっとです(^_^;)

でも、クルマのテレビから”朝ズバ”の”みのもんた”が映し出されると 「みのさんに負けす、がんばらなくちゃ」とヘンにはげまされてしまいます。

駅からタクシーで帰宅する手もあるのですが、 ヒロコが就寝のする時も、起床した時も、私は起きているものですから 私はズーっと寝ないでいると思っているのでしょうか(^_^;)

次の日、そろそろ寝ようと思った午前1時すぎです… YUKIのケータイにヒロコからメールが入ったようで、YUKIは何だか返事を書いて送信しました。

私   「ヒロコがなんだって?」 YUKI 「撮影が早く終わったので、今から会社に一旦戻るって…」 私   「それで…」 YUKI 「KENが会社に迎いに行けばいいのねってメールしたところよ」 私   「…」

会社は都心にあるわけですから深夜とはいえ往復2時間近くは見なければなりません。 行くの私ですから、いちおう「どうする?」とぐらい聞いてくれてもいいようですが 黙ってスゴスゴ出かけました。 こうなってしまうと当然のことのように、次の日も同じパターンです(^_^;)

まだ問題があります。 そんなことがあっても私は遅くても8時前には起床します。 しかし、ヒロコはともかくYUKIまでもがナカナカ起きてこないのです。 けっきょく私は朝食は抜きで、みんなで昼ごはんを食べる事になるのです。 (休日もこのパターンで馴れていますが^_^;) それに晩ご飯です。 ヒロコがいないとYUKIは食事を作る気力が無くなるようで マルエツの半額弁当がメインになるのです。

そのヒロコも、やっと全てのスケジュールが終了し日曜日の夕刻に帰宅、 この日は深夜から16時間ほどのロケで、先ほどまで死んだように寝て ひさびさに3人そろって夕食のお鍋を食べたのは午後11時です。 よーするに我が家はヒロコ中心に回っているのです。

ちなみにハリウッド映画の題名は「Jumper」 主演は「スターウォーズ」のヘイデン・クリステンセン ハリウッドからは40名ほどのスタッフが来日 時空を超えてタイム・スリップするSFモノので公開は来年春とのこと 一作目が当たればシリーズ化も考えているようです。

ヒロコが現場で親しくなったスタッフの名前をネットで検索したら、 誰もがハリウッドの第一線で活躍するプロばかりで感激していました。 まーヒロコにとっては刺激的で充実した一週間だったようです(^_^)

[…]

2007年01月08日155号 正月もアッというまに…

早いもので、正月もアッというまに終わったようです。

”終わったようです”というのは毎年のことですが… 正月の準備などまったくせずに、したがって正月らしい”生活”はまったくなく 何時ものように仕事兼用のリビングの大きな雑然としたテーブルでYUKIと向き合って まーそこにヒロコも加わるわけですが… テレビもほとんど見ずにボーとしているうちに正月が終わったようなのです。

でもこれが、 オソロシイコトニ我が家の”文化”にさえなりつつあるのです。

元旦はゆっくり昼過ぎに起床。 この日はヒロコの誕生日でもあるのです。 元旦の誕生日というのは,よっぽど意識していないと、ツイ忘れがちになるのです。 ところが本人のヒロコはしっかり意識していますから、忘れたらコワイのです(^_^;) てなことで、元旦にささやかな誕生セレモニーなぞ、やるものですから ますます我が家の正月は正月らしくなくなっていくのです。

2日の日は全国高校サッカーの試合を見に北区の西が丘サッカー場に行きました。 昨年、偶然にもワールド・カップを見に行くことになった我がファミリーですが その前にサッカーの試合を生で見たのは 1984年のロスアンゼルスのオリンピックでヒロコが2歳の時です。 ヒロコはもちろん覚えてもいませんが、私もYUKIも、たしかサッカーの試合をナイターで見た という記憶だけで、どことどこの国の試合だったかも覚えていません。

でも日本で始めてサッカーを見るというプアな状況も リッチな気分になってしまうのが我が家の”めでたさ”なのです(^_^)

さて、なぜ全国高校サッカーか?というと 私の大学時代の友人・川村君の長男で我が家にも来たことのある洋一郎クンが 平塚ベルマーレのユースから山形県の羽黒高校に入学し、2年生ながら主力選手として出場しているのです。 弟の慎二郎クンもリトル・リーグから野球をやっていて、やはり羽黒高校の1年生で野球部。 兄弟別々のスポーツで名門羽黒高校に地元以外からやってくるケースはめずらしいようですが 川村君はリトル・リーグの審判をしたりして、川村夫妻は二人の子供が幼い時から 野球やサッカーの活動に積極的にかかわってきたのです。

試合の結果ですが、肝心な洋一郎クンは31日の第一試合で肩を脱臼して結局出番はナシ 試合は0対2で敗退してしまいました。 泣きながら応援席に挨拶するメンバーを洋一郎クンは肩をたたいて励ましていました。 洋一郎クンはまだ2年生、来年もあるという余裕でしょうか(^_^) 川村夫妻の生き甲斐はまだまだ続きそうですが、我々も便乗して応援していこうと思っています。

近所の神社に散歩がてら初詣をしたり ヒロコは年末コンサートのビデオ編集をしたり、スパゲティを作ったり 私は読書三昧…と暮れの忙しさがウソのようにのんびりと過ごしました。

そうそう思いがけない初仕事もチョッピリとする事が出来ました。 私はお客様から生命保険の相談があった時は、出来る限りのプレゼンテーションをしますが それに対して反応が無い場合は、こちらからシツコク深追いすることが出来ない性格でして かなりお客様を逃がしているかもしれません(^_^;) でも、こちらが忘れた頃に、お客様の方から「かなり時間が空いてしまったが加入したい!」 という連絡が年に数回あって、それはとてもとてもウレシイのです。 それが5日にあったのです、2年も前にアプローチしたお客様です。

のんびりした正月休みで、なかなかエンジンがかからないナマケモノの私ですが… 出しは好調のようです(^_^)

2007年01月01日154号 大晦日に明日は無い!

あけましておめでとうございます!

新年があけてホヤホヤのアップをしたところで… これでやっと、やっと…毎年のことですが、なんとか正月を迎えることが出来した。

”正月”はすごいものです! 日本人がここまで一丸となる事は他にあるでしょうか? ”クリスマス”や”七夕”は気がつかないで生活する人もいるでしょうが… ”正月”に気づかない人は、ほとんどいないのではないでしょうか。 正月嫌いで”大掃除”も”年賀状”も”おせち料理”も縁のない宇宙人のYUKIでさえ 「正月が嫌い!」というくらい正月を意識しているのです。(^_^;)

『明日出来るコトは、明日しよう』というのが私のモットーなのですが 大晦日には明日は無いのです!あるのは”新年のみ”なのです!

毎年のことですが、カレンダー配りが、私の年末行事のかなりの部分を占めているのです。 今回は例年の反省もこめて、千葉・埼玉方面は郵送にすることにしたのですが… そうなると余裕が出て『明日出来るコトは、明日しよう』と先延ばしをして けっきょく年末ギリギリのパニック状態は例年通りになってしまいました。

28日は朝の7時までカレンダーを配り、バタバタしているうちにお昼になり この日は恒例のハート・コンサートの日、ボランティアとして2時30分までにニュー・オータニに 行くことになっており、けっきょく一睡もせずに会場へ。 この日のビデオ撮影をまかされたヒロコとその助手?ジョエルもやってきて、なんやかやと慌しく時間がすぎ 6時からのコンサートも大成功(^_^) そうそうジョエルはヒロコのサルサのキューバ人先生ですが NHKでの放送製作もするセミプロで”助手”とは気の毒なのですが(^_^;)

また、この日はアカラックスの忘年会とブツかって、とうぜん一次会の居酒屋には行けません アカラックスのオフィスでの二次会飲には家族で顔を出すと約束しています。

ニューオータニのコンサートはいつものようにクルマで出かけるたお酒は飲めません。 しかし今年は免許を取ったヒロコがいます。 ”ヒロコはお酒を飲まないで帰りのクルマを運転する”という交渉が成立… 神田のアカラックス・オフィスを経由して帰宅するというコースで、 私はコンサート会場でもアカラックスでも遠慮なくお酒を飲むことが出来るというわけです。

コンサートは盛り上がりアンコールや、恒例第九の大合唱で、時間がオーバー。 アカラックスの連中だって6時から飲んでいるのですから何時までも待ってもらえません。 撮影用機材の片付けはヒロコとジョエルにまかせて一足先にアカラックスに行く事にしました。 こんな時はタクシーで行くべきだと思うのですがYUKIはもったいないからとJRの四谷駅まで 寒空の中コート無しで急ぎました。

アカラックスでは、もう全員デキアガッていましたが… 私を温かく待っていてくれました、やっぱりこの仲間の顔を見なければ1年も終わりません(^_^)

ヒロコとジョエルはコンサート・スタッフの若林夫妻やノブさんたちと、 これも恒例のコーヒーとケーキのティーラウンジ歓談のあと、機材を会社に返して 神田に向ったのが11時過ぎ… さすがのアカラックス・オフィスも解散となり、神田駅周辺でヒロコのクルマがやってきた時は ヒロコも馴れない運転で師走の都心を行ったり来たりしてメロメロ、

でももっと気の毒んなのがジョエル…ボランティアの撮影助手でこき使われ、 助手席に誰かいないと、まだ運転に不安があるというヒロコに最後までつき合わされ、 ヒロコの荒っぽい運転にもドギモを抜かれたようで(^_^;)、 家まで送るというヒロコの誘いも必死で断わり、神田駅へフラフラと消えて行きました。

ヒロコの運転で我が家についたのは1時過ぎ… 週3日のブログ用に貯めた原稿もソコををついていて、けっきょく寝たのが明け方。 29日は午前中に幸手(埼玉県)の法人に集金にいくことになっていて、往復200㌔のドライブ? そして夜から朝にかけてのカレンダー配りと…寝るヒマがありません。

大晦日は朝10時に溜池(赤坂)の床屋に予約してあります。 予約というより、床屋のマスターが勝手に「スミさん、大晦日は10時だよ!」と決めているのです。 そうでもしないと、忙しくて来ないかもしれないと思われているようですが、 それがまた、私の忙しさに拍車をかけているのです。(^_^;)

我が家の年賀状作りも大イベントなのです。 これも、大晦日になるまで1通も出来ていません、この作業もあります。

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