2007年08月27日188号 アレから3ヶ月ですが(^_^;)

アレから3ヶ月!ついに【8月27日号】が来てしまいました(^_^;)

多くの人は何の事か判らないでしょうが、この【週間KEN】はコマッタコトに…というか アリガタイコトに(^_^;)けっこうコアな愛読者サマがいらしゃるので、 この号を黙って他のテーマにして切り抜けることが出来ないのです。

まーそいうシバリがあるからこそ”あんな宣言をしてしまったので” もうジタバタできません。

これが3ヶ月前の【週間KEN】です。 ようするに、この時に10キロの減量宣言をして、3ヶ月後のこの【8月27日号】で 体重計の写真付けで公表すると軽はずみな事を言ってしまったのです。(^_^;)

でも、その時は3ヶ月も先ですし、10キロ程度の減量は、 間食や甘いものを少々控えれば可能と軽い気持ちで考えていたのです。

でも”軽い気持ち”というのはいけません。 「せっかくスペインまで来たのだから美味しいものを食べなければ…」だとか 「せっかくのバイキング・食べ放題に来たのだから…」だとか 「せっかくの”お呼ばれ”で小食のYUKIが残すのは失礼だから…」だとか 「マルエツで半額で買っちゃったナマモノは早く食べなくちゃ…」だとか ついつい食べ過ぎてしまうのです(^_^;)

ヒロコが食後に冷蔵庫を開けながら「ハーゲン・ダッツ食べる?」なんて優しく訊ねられ 「食べる!食べる!」とふたつ返事で答えてしまうと… YUKIとヒロコは私の意志の弱さを確認し冷ややかに笑うのです。

このような罠と誘惑がうずまく現代社会において、 一つの意思を貫き通すということは並大抵な覚悟なくして遂行出来ない事を この歳になって思い知らされた3ヶ月であったのです。

でも会う人からはけっこう「痩せられました?」などと言われて気を良くしたこともあります。 でも体重はそれほど減っていないのに、どうしてそう言われるか考えてみました。 童顔の私も年齢を重ねて顔が少々シボンで、そう思われるたのかもしれません。 なんだか情けないですね(^_^;)

先日、ブラッとよった本屋で平積みされている新書本を見てビックリしました。 ”おたく文化”の論客として知られる”デブ・キャラ”の岡田斗司夫氏の本です。 『いつまでもデブと思うなよ』という彼らしい挑戦的タイトルですが、なにより驚いたのは 本の帯になっている彼の写真です。 1年間で50キロの減量だそうです。 彼に会った人は多分”重い病気”だと思って黙ってしまうでしょう。 私なら間違いなくそう思ってしまいます。 本は衝動的に買うタイプの私ですが、なんだか恐ろしいくて買わずに帰りました(^_^;) しかし、彼のこのブログは中々勉強になりました。

さてさて… 「岡田斗司夫はどうでもよい!お前は何キロ減量したのか? ここで約束通り見せてもらおうじゃないか!」… とシビレを切らせておられる方はいないかもしれませんが、いるかもしれません(^_^;) まずは3ヶ月前の 体重計の写真です。 そしてジャーン!本日の写真です(^_^;)

岡田斗司夫氏の1割分の減量です。m(_ _)m 約束の10キロ減量の半分しか出来ませんでした。 岡田氏は凄いのひと言ですが、凄すぎてマネは出来ません。 それに私は岡田氏のようなデブではありませんので50キロも痩せることは困難です。 なんて…負けおしみを言っていてもしかたありません。m(_ _)m

「禁煙なんて簡単さ!私なんか数え切れないほどの経験をしている」と自慢する人がいます。 私も「ダイエットなんか簡単さ!」と経験を重ねつつ、前向きに生きていきたいと思っています。

[…]

2007年04月09日168号 YUKIの誕生日

4月8日はYUKIの誕生日です。 お釈迦様と同じ誕生日です。 何度目の誕生日かはとりあえずナイショにしておきます(^_^;)

土曜日の夜、時計の針が午前0時を回り8日になったばかりの頃… 「お誕生日おめでとう!」 と私はYUKIに言いました。

「忘れていたのにバカなこと言わないで下さい!」…と YUKIは言うのです(^_^;)

幼い頃から家族の誕生日ごとに、クリスマスごとに、何かと… 大いに盛り上がってオメダタイまま、この歳になってしまった私と、 そのようなモノなどにウカレルこともなく地道に?この歳まで歩んだYUKIとは、 ウマレもソダチが違うようなのです。

私も今では、大いに盛り上がら無くても、少しは盛り上がっていいと思うようになりましたが 「お誕生日おめでとう!」と言って怒られることもないと思うのです。

でもYUKIの誕生日を私がまったく無視したまま… 7月を向え、私の誕生日のハナシでも自分から持ち上げようものなら、 「自分の誕生日だけは、しっかりおぼえてらっしゃるのね」 な~んてイヤミを言われちゃったりするかもしれないのです。

たしかに、このトシになって「おめでとう!」もないかも知れません。 もっともっと高齢になれば激励や感謝の意味も出てくるでしょうし 100歳にでもなれば「おめでとう!」と誰もが心から言えるのでしょうが。

「ちっともめでたくも無い!」と言われてしまえば、 「それも、そうだよなー」と私もくじけそうになってしまいますが ここは明るく!(何でいつもそんなに明るいのか?とYUKIは言いますが) 受け止めて頂きたいとセツに思うしだいです(^_^)

YUKIにこっそりプレゼントをという手も、考えたこともあったのですが… YUKIは物欲の無いひとでプレゼントをするのも、とても難しいのです。 食べることにも、まったく興味がないので、これまた難しいのです。

また我が家の家計はYUKIにスベテ握られています。 (これは正確ではありませんね、ヒロコは完全に独立ているようです) 正確には”私の家計”はスベテにYUKIに握られているのです。 したがって「YUKIのプレゼントを買うから、お金を下さい…」 なんてYUKIに言えるわけがないのです。

夜7時頃、出かけていたヒロコを駅でピックアップして 3人で地方選挙の投票場に向いました。

夕飯は…YUKIの誕生日に、食事の用意をさすのは気の毒だという事で いつものタイ・カレーのお店、イム・イエムに行きました。 会計をしようと思ったらYUKIはサイフを忘れたというのです。 私もお金を持っていません(いつものことですが^_^;) ヒロコが居なかったら無銭飲食になるところでしたが ヒロコのオゴリで無事、お店を出ることが出来ますた。

そしてバスデー・ケーキの変わりに最中(もなか)を食べました。 165号で【空也のもなか】の事を書いたら、この週間KENを毎週愛読?して頂だいている リーホーム21(埼玉県・幸手市)の総務のKさんが「地元の最中も美味しいですよ!」 と私とYUKIで集金に伺った時にお土産にと、わざわざ用意してくれていたのです。 こっちがお土産を持っていかなければならない立場なのに恐縮をしてしまいます。 でも何でも書いて見るものですね(^_^) とてもソフトな餡で美味しく頂きました。

そして今年も4月8日は静に通り過ぎていきました。

2007年03月19日165号 空也のもなか

「Aさんから電話で空也(くうや)の最中(もなか)が手に入ったから、取りに来ないかって… たぶんKENに逢いたがっておられるのじゃないですか?」

私が帰宅するなりYUKIはAさんから電話があった事を伝えました。 Aさんは今年84歳のお客様で、私がケーキ屋KENちゃんの㈱フランセ時代に 仕入課長をされていた方でもう40年近いお付き合いになります。

私は銀座8丁目の並木通にあったフランセ本店の店長を数年やっていました。 その頃の銀座は高度成長の真っ只中で並木通りには高級クラブがひしめき 夜になるとフランセの喫茶室はクラブのマネージャーやホステス、そのお客様でごったがえします。

午後10時頃から2時間あまり、銀座のクラブや割烹からイッセイに 電話での”お菓子”の注文が殺到するのです。 その頃の銀座は会社の接待が花盛りで、その接待客の”手土産”になるのです。 この2時間足らずで1日の売り上げのほとんどを占めるため フランセのジャンパーを着たアルバイトが配達に走り回るわけですが… アマンド、ヴィクトリア、ウエスト、コージコーナーなどの数多くの洋菓子店も ライバルとしてしのぎを削っていたのです。

そんな並木通りに、私が出勤する頃には早々と「売り切れ」の札を出している やる気の無い?和菓子店がありました。 「あ~あ~こんな事をやっているから和菓子屋はだめになっていくんだ」… 私は、そう思っていました。

あれから30年、社用族で賑わった夜の銀座の面影はすっかり薄れ フランセを初め多くの洋菓子店も銀座から姿を消していきました。

Aさんとは電話ではよく話すけど、まだ逢ったことが無いというYUKIをつれて さっそく府中のAさん宅を訊ねることにしたのです。

私は昭和53年フランセを退社し1年間だけ旅行代理店の仕事をしていました。 その頃Aさんは持病に苦しんでおられたのですが… 「これが最初で最後の海外旅行になると思うけど、 学生時代の憧れだったドイツに妻と気ままな旅をしたい…」 との希望でパッケージでないオリジナルの旅が出来るよう手配した事がありました。

その最後のハズの海外旅行が84歳になる今日までに ほとんど毎年続けられて、もう大変な旅行通。 その話を聞くのが私の楽しみになったくらいなのです。

ヨーロッパの田舎町での人とのふれあいが何より楽しいと 60歳を過ぎてから、ドイツ語、フランス語、スペイン語の学校に通い Aさんの辞書はどれも使い込んだネンキが入っているのです。 「これが最後の旅行!」が口癖のAさん… 「万里の長城を一目みて死にたい」と昨年は中国にいかれ 今は中国語の勉強もされていて、おどろくばかりなのです。

さてさて、空也のもなかです! 我が家に帰ってさっそく食べることにしました。 小ぶりで、とても美味しいので何個でも行けそうですが(^_^;) 3個たべたところでYUKIからは箱ごと取られてしまいました。

華美なパッケージは一切なく 小さな紙箱にぎっしりつまった10個の最中、これで950円。 防腐剤など一切使わず、その日作った分が売れたらそれでおしまい。 配送も、出店もなく、来店客にのみの販売。 昔からの製造・販売スタイルを頑固なまでに崩さない経営姿勢は まったくムダのないECOそのものではないでしょうか。

私がフランセの銀座店長だった20代後半 業務のマニュアル化・パターン化で拡大路線をひた走り… 時代遅れの和菓子屋とバカにしていたお店です。(^_^;)

2007年03月05日163号 秘伝?水餃子の作り方

この時期になると、どうしても目に停まってしまうものがあります。 それは『白菜』です。 もちろん、この時期が旬というのではありません、そろそろ値段も高くなりやがて姿を消すからです。

白菜が八百屋やスーパーの店先に並び値段も手ごろになったら、 毎年、真っ先に作るのが、我が家秘伝?の水餃子です。 冷凍庫にも保存しておくため数食分をまとめて作っておくという行為を、 毎年数回はするのが我が家のならわしになっているのです。 もちろん作るのは私です。

水餃子は私が幼少の時から母がよく作ってくれました。 そのころは”豚まんじゅう”と呼んでいて、まだ”餃子”の存在も私はしりませんでした。 母はその昔、父親の仕事の関係で満州にいる時に、特務機関いた父と見合い結婚しました。 敗戦で引き上げる時には、私は母の胎内にいたのです。 母は女学校時代の東京を除いては、満州で育ったようなのです。 したがって、我が家の水餃子も母の満州仕込みのものだったようです。

とは、いっても、それほど難しいものでもないのです。 ただ茹でた”白菜”を細かく切ったものに豚肉のひき肉を混ぜた”具”を作り 小麦粉を練って作った餃子の皮にまいて、それを茹でて酢醤油につけて食べるという シンプルなものです。

私が小学生の頃からは、この”餃子の皮”を作るのが楽しみで… 二人の妹と粉だらけになっていたのを思い出します。 ヒロコが小さい時にも、この皮作りをしたのですがYUKIから粉だらけになると怒られ それから、しばらく、既成の”餃子の皮”を使っていたのですが、 やっぱり、手作りの皮のほうが、経済的で美味しいという事で復活しています。

さて今回は、その水餃子が出来るまでの仮定を写真を交え紹介してまいります。

①毎月、一回訪問する法人契約者(埼玉県・幸手市)に行く途中にある 八百屋さんで2束198円の白菜をゲット! ②近所のスーパーで安くなったひき肉(昔は豚肉だったが牛と豚の合挽きが良い) 小麦粉を購入。 ③まず小麦粉(強力粉と薄力粉を適当に混ぜて)を練っておく。 ④白菜をバラシて洗い、茹で上げる。 ⑤茹でた白菜を細かく包丁で切る。 ⑥細かく切った白菜を布きんに包んで絞り水分を落とす。 ⑦それを挽肉とまぜる。 そのさい生姜・にんにく・胡椒・醤油・塩など好みに合わせ適当に。 ⑧よく掻き混ぜる(ポリ袋に手を入れてムラなく) ⑨練った小麦粉を小さく丸め、それを麺棒で伸ばして”皮”を作る。 ⑩具を入れて、包む。 ⑪たくさん作るので、まず最初は作った餃子を冷凍庫に入れていく。 ⑫ある程度、冷凍庫に入れたら今日食べる分を作る。 ⑬具が余ったらスープ用(これがまた旨い!)に小分けして冷凍しておく。 ⑭いよいよ、夕食用に作ったものを茹でる。 ⑮適当なところで取り出す。 ⑯出来上がり!

とても、簡単で、とても適当なのです! レシピなんてものは、ありません。 白菜と挽肉と小麦粉さえあれば出来るのです。 白菜と挽肉の割合も気にしたことがありません、調味料も入れたりいれなかったりです。 昔は酢醤油にラー油でしたが、最近ではポン酢醤油に唐辛子を使ったりしています。

これを食べる時は、これだけを食べるというのが流儀?です。 この水餃子を汗をかきながら、もくもくと満腹になるまで食べるのです。 おどろくほど幾つも美味しくスルスルと食べてしまえます。

今日作った3分の2は冷凍庫に保存しました。 今日、幾つたべたかって?…それは、ナイショです(^_^;)

[…]

2006年12月25日153号 W夫妻との忘年会

毎週月曜日発行の週間KENの次号は1月1日ですから 今年の週間KENはこれが最後になる事にいま気づいてアセッています。 アセッたところで、どうにもならないのですが、本当に1年がたつのは早いものです。

まだ28日には、年末恒例のクラシック・コンサートがあります。 この日、アカラックス・セミナーでの保険仲間の忘年会とドッキングしてしまい、その幹事に この写真を添付して不参加のメールを送ったのですが、その幹事からこんな返事がありました。 「エッ!角倉さんが出演されるのですか?」 まっ・まさかです(^_^:)…私は単なる裏方のお手伝いでしかありません。

その裏方仲間?の若林夫妻が忘年会をやると言われるので、私達家族3人も参加しました。 場所は若林さんの地元・池袋の【田舎家】というお店です。 どのようなメンバーが集まるかは詳しく聞いていなかったのですが、あとは私の古くから友人で 28日のコンサートの発起人の渡辺ノブさんとその仕事仲間ら3人で計9人でした。 単純に言ってしまえば若林・渡辺・角倉の忘年会ということになったわけですが 若林さんもノブさんもお酒は飲まないヒトなのです。 じゃー何のタメの忘年会となるのですが…忘年会に理屈は要りません。 楽しく、美味しい食事が出来れば、それでハッピーですし、 まして我が家の3人は、けっしてお酒が飲めない方ではありませんから、なおさらハッピーです(^_^;)

食べるものには、というより何でもコダワリがあって詳しい若林さんがお勧めのお店だけあって 付け出しから刺身、鍋、ふぐの唐揚、そして…のっぺ汁、元祖!わっぱ飯と最後まで感激の連続です。

若林さんとノブさんはライオンズクラブの代表?同士の付き合いから始まったようですが、 そのライオンズクラブに若林さんを推薦したのが【田舎家】の主人という事で、 このお店とも長いお付き合いのようです。

私はライオンズクラブなどと言う高級クラブ?にはエンもユカリも無い貧乏経営者ですが(^_^;) ノブさんの関連で若林夫妻とは時々お逢いすることがあり、おのずと親しくお話するようになったのです。

忘年会の席で私は「若林さんって、ライオンズ・クラブ的じゃないよね」と言ったら ノブさんが「そりゃー失礼だよ」と言いました、私は誉めてるのですが…(^_^;)

若林さんは会社の経営者ですが、芸術家的な自由人としての雰囲気が滲みでている人なのです。 また常に、どこに行くにも奥様とご一緒で(そこのところはウチと似ていますが^_^;) とても仲むつまじいご夫妻(ココはちょっと違いますが^_^;)なのです。

ヒロコも何度か若林さんとご一緒する機会があり、ホームページやCG・ビデオ・オーディオなどの 造詣の深さにビックリし尊敬しているのです。 でも、それは専門ではありません、何でも徹底してやらなければ気がすまない性格のようで どれもプロ並みになっちゃうようです。 専門はビルなどの”防災管理”で、その知識や技術においても彼の右に出る人はそれほどいないようです。

でも若林さんは自分の会社を縮小し、生活のサイクルを大きく変えて… 週3日働いて、あとはボランティアや好きなことをして暮らすというのです。 今までだって、充分好きなことをしてきたように見受けられるのにウラヤマシイ限りです。

若林さんが以前こんなことを言ってくれました。 ”私(角倉)が保険契約の大小とはまったく関係なく全国どこでも出かけることをモットーに、 またそれを楽しみに仕事をしている” という事にとても感銘をうけたと…。

それと今回の行動が直接つながっているかどうかは解りませんが 仕事や生活や、もろもろの考え方に波長があうことはたしかです。

たらふく美味しい料理を食べ、大いに飲んで… 結局、ココの会計は若林さんのオゴリという事に”またまた”なってしまいました。 ”またまた”というのはニュー・オータニで打ち合わせの後、打ち合わせ?でケーキを食べたり 食事をする時も、奢って頂いているからです(^_^;) ロコハウスのお客様でも、今度こそはと思ったのですが…恐縮の限りでありますm(_ _)m

[…]

2006年11月27日149号 クラプトン~そして神戸

また、ヒロコのおごりでライブに行きました。 実は先月もヒロコに誘われたのですが私は遠慮?しました。 私の好みのジャンルで無いのと、いつもの事ですが、立ったままでの今風ライブだからです。 知らないアーティストの知らない曲に、ピョンピョンしながら2時間近く立ったまま見るのは ちょっとツライいや、モッタイナイので、YUKIと二人で行ってもらいました。 YUKIは楽しかったとイチオウは言ってましたが、疲れた様子でした(^_^;)

でも今回は違います、なんてたってエリック・クラプトンです!武道館です! 武道館がライブに良いとは思いませんが、座って見れそうです。 クラプトンだったら立ったままでピョンピョンしてもいいのですが… クラプトンだから、やっぱり武道館になってしまうのでしょう(^_^;) 席は2階の後から2番目、すなわち最も奥から2番目で9,450円、さすがクラプトンです! 武道館には大型スクリーンもなく、顔の表情は見えそうもありません。

でも、ライブが始まった瞬間、 マギレもないクラプトンのギターの音色に鳥肌がたち つづいて彼のしゃがれ声が流れた時には目頭が熱くなってきます。 こうなってくると顔などよく見えなくても、クラプトンと一体化して アツという真に2時間のライブは終わってしまいました。

ライブが終わって3人で外食をして我が家に着いたは午後11時過ぎ。 実は翌朝10時に神戸で生命保険のアポイントがあります。 なんやかやと準備をしているうちに時間が経過して 午前2時過ぎに我が家を出てクルマで神戸に向かいました。

関西方面のドライブは馴れたもので、まず浜名湖サービスエリアまで約250㌔を ノンストップで2時間で到着して、そこで休憩、 途中仮眠をしても8時間あれば十分のパターンです。

ところが私が100㌔をちょとオーバーしただけでもYUKIはスピードを出すなと やたらウルサイのです。 どうも今年2月のスピード違反以来とても神経質になってしまったようです。 深夜の東名でも工事や渋滞でゆっくり走るところもあるので、走れるところでは ある程度のスピードで走らなければ、とうてい食事休憩や仮眠をしながら 8時間で570㌔のドライブは厳しいのです。

また大きい声では言えませんが(^_^;) ある程度のスピードで大型トラックなどを次々抜きながら車線を変えてドライブするから 眠くもならないのです。 100㌔の制限時速で車線も変えず、追い越しもせずに、ジッと運転してると睡魔が襲ってきます。 普段なら浜名湖についてる2時間を過ぎた日本平で、どうしても睡魔に勝てず仮眠をし 気がつけば5時30分、神戸までは休まずに行くしかありません。

神戸のお客様は実は2回目のご契約で気心もしれていて楽しく簡単に終了。 この地域はなぜかお客様や知り合いが多くて、 カレンダーを持ってのご挨拶まわりを数件、夕方にホテルにチエック・インして ちょっと横になっていたら2時間ほど眠ってしまいました。

このホテルは今や神戸の定宿になった六甲アイランドにあるホテル・プラザ・神戸です。 なかなかの高級ホテルですが一泊二人で税込8600円。 パソコンを手放せない私には光ファイバーでのインターネット接続無料は魅力です。 また自動製氷機から自由に氷が持って来れるのも、ホテルの部屋でお酒を楽しむのがモットーの 私には欠かせない条件です。 ホテルのラウンジで神戸の夜景を見ながらの 食事も生ビール付きで1800円とお手頃で、なかなか良いものです(^_^;)

翌朝はゆっくりビュフェ・バイキングでたらふく食べて 12時にチエック・アウト 摂津市の法人のご契約者を訪問し、京都の大原三千院から滋賀県に抜けて 坂本(大津市)を経由して、いつものように深夜に無事、我が家に帰還しました。

[…]

2006年08月21日135号  ヨコハマにて

今、ヨコハマのホテルから書いています。

今まで、仙台にて…北海道にて…沖縄にて…松山にて…などなど 地方のホテルから週間KENを送信してきましたけど、今回はすぐ近くの横浜です。

今までは、共済組合とか…国民宿舎とか…ビジネスホテルとかでしたが 今回は、横浜の由緒正しき歴史を誇るホテル・ニュー・グランドです。

結婚式とか、同窓会とか、パティーがあったわけでもありません。 今日の夕刻にホテルにチェックインしてイタリア・レストランで食事をして 明日、チェックアウトしてヒロコはそこから出勤、私とYUKIは我が家に帰るだけです。 食事と宿泊の招待券があたったわけではありません。 そんな運はワールドカップのペア・チケットで使い果たしました。 言うまでもありませんが、お金が有り余っているわけではありません(^_^;)

実はこのホテル・ニュー・グランドにロコハウスのお客様が4人もいらっしゃるのです。 それを紹介して頂いたのはイタリアン・レストランに勤務されているNさん。 Nさんはもう超がつくほどの保険マニアでDr.KENのファンでもある、とてもありがたいお客様。 そして、この半年ぐらいで職場の仲間を3人も紹介して頂いたのです。

でもNさんを初め4名の契約はすべて、ご自宅に伺ってで彼らの職場には一度も行く事がなかった為 「近いうちにイタリア料理を食べにいくから…」が口癖のようになっていたのです。 でも、何と言っても格式ある名門ホテルのイタリアン・レストランで予約制、 ファミレスの『フラカッソ』みたいに気楽に行くわけにはいかないのです。 ローマに4ヶ月ほど短期留学していたヒロコは、「本格的イタリア料理なら私も是非いきたい!」 などと言い出して、じゃー私の誕生日に行こう何て言っていたのが急遽W杯ツアーのビッグ・イベント があったりして、のびのびになっていたのです。

イタリア料理を食べに行ってワインも飲めないのでは楽しくないから電車で行くか? それともヒロコが運転するか?(ノンベイのヒロコは拒絶)などと、議論の結果、だったら ホテルに宿泊すれば良いでなないかと… お金もないのに胆略的打算に落ち着くのが我が家のならわしです。

そこで、またYUKIの腕のみせどころ ネット上で得意のホテルの格安プランを検索 今日20日のホテル・ニュー・グランドをゲットしたのです。

20日にイタリアン・レストランの予約を入れると、さっそくNさんから電話が入ってきました。 私はその日は宿泊をすると伝えたらNさんは 「前もって教えてくれたら割引をしたのに…」と残念そうに言ってくれました。 「でもネットでけっこう安く手にいれたみたいだから…」との私の言葉に 「それなら、そっちの方が安いかもしれない」と言われてしまいました(^_^;)

20日は、ちょうどNさんは休日という事で合えませんでしたが… サービスは契約者の一人、Kさんにやって頂きました。 ネットで格安で手に入れた部屋はグレード・アップをしてもらい ワイン一本とケーキ(一応私の誕生日という事で^_^;)のサービスがあり いたれり、つくせりのサービスで恐縮するばかりです。

ワインをしたたかに飲んで、すぐ前の山下公園を散歩して 今、ホテルの部屋からとびきりの横浜の夜景を見ながらほろ酔い気分で書いています。 Nさん、Hさん、Tさん、そして今日サービスをして頂いたKさん、 ほんとうにありがとうございました!

本日のハイライト・シーン ①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩

[…]

2006年03月06日111号 沖縄より

今(6日01AM)沖縄のホテルから書いています。 遂にネット保険相談のお客様で沖縄まで来ちゃったのです。 しかも今回はヒロコも一緒(もちろんYUKIも^_^;)です。 社会人になったヒロコは大の沖縄好きで、自分の旅費は出すから一緒に行く! という事で、急遽思いもかけなかった家族旅行になったのです。

ネットでの保険相談を始めた一昨年は北海道、昨年は福岡・熊本と飛行機で訪問し…こうなったら 採算は度返しして【全国争覇】をライフワークとして楽しもうという思いでいました。 しかし沖縄だけは最後に残るのではと危惧していたのですが… 沖縄在住というNさんからメール相談があった時は、いつもに増してリキが入りました。(^_^) 60年近く生きてきた私が、唯一訪問したことのない都道府県が沖縄だったのです。 ちなみに24年生きて来たヒロコは石垣島を含めると4度めの訪問です。

土曜日の朝9時25分那覇空港に着いてレンタカーを借りてNさん宅へ直行! 「せっかくの沖縄旅行だから、仕事を早く済ませて!」…というNさんの温かい心づかいで 休日の午前中にお伺いさせていただける事になったのです。

11時半、Nさん宅を後にしてヒロコの小学校の友達で我が家にも何度か泊まりに来たことのある 沖縄在住のミツヨちゃんと待ち合わせして、まずは昼食を! 国際通りの市場の、そのちょっと奥にある沖縄家庭料理の花笠食堂へ… 1000円足らずでこのボリューム、この時点でもうすっかり沖縄ファンになっていました(^_^)

ミツヨちゃんの案内で玉泉洞(サンゴ礁から生まれた鍾乳洞)や沖縄民家、ひめゆりの搭、平和公園 そして首里城とレンタ・カーで回って、一旦ホテルへチェック・イン。 それから夕食は、どこか沖縄風の居酒屋でという私のリクエストに応えて ミツヨちゃんがホテルのフロントで色々聞いて案内してくれたのが泡盛と琉球料理の店”うりずん” 本格的な沖縄料理と新鮮な刺身、そして泡盛をたらふく飲んで、三線(サンシン)の生演奏で 盛り上がって4人で1万円ちょっとは満足度100%でありました。

翌朝もミツヨちゃんがホテルに迎えに来てくれました。 実は昨日、ちょと遅かったために首里城の入口までで首里城公園にも入れなかったのです。 この日も晴天!いつもの【おーいお茶・濃い味】を【ゴーヤ茶】に代えて再チャレンジです! とは言ってものYUKIの基本方針で、有料の本殿に入らなくても見るところは幾らでもあるということで… 無料のアトラクションや城壁の公園、石畳の道、などのんびりと 見るという、 なかなか充実した楽しいミニ・ツアーでありました。

昼過ぎ、ミツヨちゃんと別れて、我々は沖縄本島に最北端辺戸岬へ… そこで遅い昼食の沖縄そば400円、観光地なのにこの内容でこの安さには感激です。 それから金剛石林山に着いたら丁度4時で終了とは知らずホホでありました。

そこから20数キロ南下した今日の宿、JALリゾート・オクマにチェック・イン。 「贅沢な旅をしているな!」と言われそうですが、そうではないのです(^_^;) 安い宿を探すのはYUKIの特技?なのです。 今回の沖縄行きが決まった時もインターネットでアチコチ調べていたようです。 そして「2日目は那覇より少々遠いけど一泊一部屋で12000円の安い宿でいい…」と私に言うのです。 私はYUKIの言う事には逆らわないのが基本方針ですから当然なんでもOKです。 ところが、それはネットの表示間違いで、本当は一名12000円だったそうです。 それで結局、私たちは一名4000円で泊まれることになったのです、ラッキー!

遅い夕食だったので、リゾート内の居酒屋で今夜も沖縄料理をつまみに乾杯! 照明の影にイモリ(沖縄では別の呼び名でしたが)にビックリ、沖縄料理で飲む泡盛は 今日も最高!! 明日の夜(もう今晩ですね)最終便で沖縄をあとにします。 それまでは沖縄を堪能させていただきます。(^_^)

【追伸】 6日最終日は美しい(ちゅら)海に魅せられ、イルカと戯れ… 那覇空港にはミツヨちゃんが見送りに来てくれて無事、我が家に帰りました。

[…]

2005年10月24日092号 越前クラゲ

今年の3月の北陸ツアーで本場の【越前ガニ】をゲットした話をしましたが、 【越前クラゲ】が今、異常繁殖しているそうです。

冷やし中華にクラゲが入っているとゴージャスな気分になりますし、 中華料理のコースで最初にクラゲの前菜が出てくると、 「さー食うぞ!」とハッピーな気分になります。 しかし、クラゲを腹いっぱい食べてみたいと思った事は、 私の長い人生の中でも1度もありません。

日本海を見た事が無いと言っていたYUKIですが、今年は今までに… 2回の北陸ツアーで越前海岸や能登半島、そして鳥取のイカ釣り船の漁火、 舞鶴訪問では天橋立、若狭湾と日本海を堪能してきました。 その美しくてのどかな日本海が【越前クラゲ】で覆い尽くされて漁業が出来なくなっているというのです。 なんだか他人事とも思えず、このニュースに注目してしまいます。 これが【越前ガニ】に覆い尽くされているなら、その駆除?に協力するという名目で 現地に駆けつけるのですが、【越前クラゲ】だと「漁師さんが気の毒だなー」と思うだけで 終わってしまいます、ごめんなさい。

【越前クラゲ】の繁殖はしばらくは続くようで、日本海側から太平洋側にもひろがり その数は5億匹にも及ぶと言われているようです。 地元では、その有効利用も色々考えてクラゲ入りのアイスクリームも開発されたそうですが そんなものが少々売れたからと言って、5億匹の大型クラゲ対策にはなりそうもありません。 だからと言って巨大投資をして、たとえばコラーゲンの抽出工場を作っても 大量繁殖はこの年だけならビジネスとしては厳しいかもしれません。 これが【電気クラゲ】なら原発に変わる発電所を!…なんてアイデアが一瞬閃いたのですが(^_^;)…

そもそも、どうして【越前クラゲ】がこんなにも異常繁殖してしまったのでしょうか? あるテレビ・ニュースで地元の漁師さんが 「クラゲが悪いのでなく、人間が悪いのだ…」と言っていたのが印象的でした。 魚が乱獲されて、プランクトンを食べる魚が減ったため、プランクトンがまず増殖して それを食べるクラゲが地球温暖化と中国の工業排水との関連で異常繁殖したというものです。 ようするに、中国の乱獲と工業排水にも問題があるということでした。 しかし、最近のニュースではもっぱら地球温暖化だけが取り上げられているようです。 これは小泉さんの靖国問題で中国に遠慮しているのかもしれませんね。

大きさ1メートルもあるという巨大クラゲが環境破壊の中で5億匹!そして繁殖を続けていると聞くと なんだかSF小説のようで、とても不気味に思えてきますが… 人間は環境破壊をしながら現在では、地球上に60億匹じゃなかった60億人もいるのです。 400万年の人類の歴史において、1万年前は1000万人、2000年前が3億人、200年前は9億人、 100年前は16億人、そしてこのたった100年で60億人ですから、クラゲ並の異常繁殖かもしれません。 5億匹のクラゲなんてペロッと食べてしまうことが出来るとんでもない生物です(^_^;)

私は時々、テレビの前でゴロッと横になってニュースを見ながら、うたた寝をするのですが… 私のそのすがたをYUKIは「トドみたい…」と言っていたのですが、 最近では「越前クラゲみたい…」と言われるようになりました。 なんだか【越前クラゲ】に愛着が出て来た、今日この頃です(^_^)

2005年08月01日080号 優雅な生活

実はヒロコは6月から家出をしているのです。 まー家出と言っても8月までの期間限定で所在も解っているのですが。

ヒロコの職場の先輩がニューヨークに3ヶ月ほど行く事になり その留守宅を月7万円で使わないかと持ちかけられて、 ヒロコは二つ返事で引き受けたということのようです。

彼女(先輩)の家は職場に近く、家財道具も調っていて優雅なようです。 また家賃を払っているからには使わないとソンと思っているのか、 ほとんど我が家には帰ってきません。

したっがって、ここ2ヶ月ばかり、そしてこれから1ヶ月も… 毎日、毎日、YUKIと二人っきりです(^_^;)

YUKIはヒロコがいないととても家事に手を抜くのです。 私は毎朝7時には起きているのですが、YUKIはゆっくり起床して 食事はお昼前のブランチになるのが通常です。

昨日もYUKIとクルマで外出して午後6時頃になって 私がYUKIに「お腹がすいたね!」言いました。 これもいつもの返事で「さっき食べたじゃないですか!」と言われるのです。 さっきとは、朝食のことです。

「じゃー松屋のスープカレーを食べましょう!」とYUKIの提案です。 実は最近二人は390円の松屋のスープカレーにハマっているのです。

これを紹介してくれたのは1年ほど前に紹介した【八百屋のマイケル】です。 実はマイケルも最近パソコンを購入してインターネットをするようになったのです。 1年前には、彼が私のHPを見ることはないとの前提で、彼自身も知らない ”八百屋のマイケル”のあだ名を載せたのですが… 今ではすっかり週間KENの愛読者になって頂いたようです。 そして感想メールはマイケルの名前で送られてくるのです。

マイケルも【お~いお茶・濃い味】の大ファンで感動しあいました。 【タイ・カレー】のお店にも早速行って美味しかったとの感想です。 でも量が少し足りなかったようで、帰りにセブンイレブンのカレーパンを 食べたようですが、またそのカレーパンで盛り上がりました。 そして、マイケルが「松屋のスープカレーも安くて旨い!」との話しになり さっそくYUKIと食べにいったのです。

基本的にYUKIは食べ物に興味がないのですが、安さには興味があるのです。 大きなジャガイモと人参がボコッと入ったスープカレーは中々のものです。 小食のYUKIとは、ライスと人参・ジャガイモの交換をすれば調度良いのです。 松屋なら、少しクルマを走らせばどこかにあるので便利でもあるのです(^_^)

まーこんな生活をしているわけであります… ヒロコの、そしてYUKIの…優雅?な生活もあと一ヶ月です。