2011年04月25日 第379号 瓦礫の山?

今、私は瓦礫の山の中にいます。 震災の被災地ではありません、我が家の部屋です(^_^;)

YUKIは21日(木)~25日(月)から宮崎に行っています。 6月19日の宮崎での踊りの会にYUKIが今年も出場する事になっていて

その稽古をするためです。

昨年はヒロコも踊りに参加したので、ゴールデンウイークに3人でクルマで宮崎を往復して その途中時間をとって旅を楽しんだので、今年も二人でそのような旅をする予定でいました。

でも、それだけだと稽古が足りなくなると思ってYUKIが先に特訓にでかけたのです。 したがって私が後から一人でクルマで宮崎に向かえばいいのですが、なんせ宮崎です(^_^;)

さすが私でも宮崎まで、いくら休日1000円と言ってもストレートで行く自信はありません。 スケジュールを決めず途中の状況に会わせケンカしながら行くからオモシロのであって 一人でクルマで行く意味がなくなります、

だからと言って私が飛行機で宮崎だけを往復する意味もありません。

というわけで…YUKIは25日に一旦飛行機で我が家に戻って それから28日か29日に、今度はクルマで昨年同様、そして今年2度目の宮崎往復の 旅をするという事になっているのです。(^_^;)

…とま~マエオキがとても長くなってしまいましたが(^_^;) ようするに、YUKIが25日に帰ってきて、 その2・3日後にクルマで宮崎往復の旅に出て、ゴールデンウイークの終わる 5月8日頃に帰ってこようと思っているのですが、 5月11日にランスがヒロコと一緒にやってくるのです(^_^;)

近くに住んでいる私の妹でさえ、もう10年以上我が家には決してこささず もっぱら妹宅に私たちがおじゃまするパターンなのです。

しかし今回は、そうはいきません。

今回、ランスは3泊4日でやってくるのは初対面の私たちに会うためで こちらで都内のホテルを取ってヒロコと一緒にいてもらおうとは思っていますが、 一度も我が家にはこないでホテルだけというのは不自然です。 なんてったってヒロコの亭主で、ヒロコの部屋は当然の事ではありますが

狭い我が家の中にあるのです(^_^;)

なんせ年末の大掃除すらやったことのない我が家です。 ただ、YUKIの名誉のためにヒトコト言っておきますが YUKIは掃除や洗濯は良くするヒトではあるのです。 ただし、片付けたり整頓したりはほとんどしないので、 その隙間に掃除機をこまめにあててチリや埃はとても気にするのです。

今回も出かける前に、乱雑に色々なものが山済みされたテーブルを前に 「勝手に片付けないで下さいね、判らなくなってしまいますから…」 なんて言ってから出かけてしまったのです。

瓦礫の山を見てただただ呆然としている内に…YUKIが早くも帰っきます(^_^;)

2011年04月18日 第378号 ヒロコが電撃結婚!

4月15日金曜日… 一ヶ月前の3月14日に婚約したばかりのランスと アメリカのアラバマで早くも婚姻届を出して結婚しちゃいました(^_^;)

昨年の8月30日ヒロコが出発した時の週間KENと私のブログです。 この時には、こんな事になるとは想像もしていませんでしたが、 29歳の一人娘を持つ64歳の父親と致しましては、ま~これで一安心喜ばしい事ではあります(^_^;)

どうしてこんなに早く、正式な結婚式もあげず、我々両親も参加せずに、

留学中のアメリカで婚姻届を出したのかという事ですが… それは、留学ビザでアメリカに行っているヒロコが、これから日米間を行き来するには なるべく早く婚姻届を出しておく事だと、弁護士からアドバイスを受けたからのようです。

ま~それにプロポーズをしたランスにしてみれば… 留学からヒロコが一旦帰国して…それからナンヤカヤというより、 少しでも早く既成事実を作っておかなければと、思ったのかも知れません。(^_^;) そして私もその方が良いと思っています(^_^;)

5月11日にヒロコとランスはやってきます。 ランスは15日には帰国してしまうので、ほんとうの挨拶だけという感じですが

ヒロコは30日にまた米国に戻ります。

ボストン大学での留学期間は8月の初めまで、 ほんとうは9月にランスと戻って一緒に1ヶ月ほど滞在して、 その時に、多摩川の恒例バーベキュー大会で結婚パーティーをなんて考えてたようですが とりあえずはこのような形になって、逆に我々が9月にアメリカに行く事になるかも知れません。 ま~こうなってしまえば、後はランス夫妻に任せるしかありません… というか最初から任せっぱなしでこちららはタダ呆然としているうちに 結婚しちゃったという感じでありますが(^_^;)

16日(土)午前7時20分、現時時間で15日(金)午後17時20分、スカイプが繋がりました。 婚姻届を出したばかりの二人がパソコン画面に登場しました。

まずはヒロコとランスのスカイプによる結婚報告です。 そして私とYUKIと4人並んでの記念写真です(^_^;)

なにはともあれ、おめでとう!

当日のアラバマからの写真です。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨

2011年03月28日375号 横内君ファミリーと

27日、日曜日のお昼前、 「ヒロコさんおめでとうございます!」という電話が多摩市在住の横内さんから入りました。 横内さんは古くからのお客さまで、ヒロコが生まれた時から知っているのです。 …なんていうとなんだかよそっぽい表現になってしまいます。 1979年、私がケーキ屋KENちゃんの頃、 赤坂溜池に洋菓子と喫茶レストランをオープンした時の学生アルバイトだったのです。 パティシエのエノちゃんも、その時の仲間で、 横内さんというより横内クンがしっくりくるので、これ以降は横内クンにします(^_^;)

その横内クンも51歳で3人の息子がいて 長男のタカ君はW大を卒業しインドネシア人のお嬢さんと結婚したばかりだそうで、 彼の仕事の事やなんやかやと話がはずんでいきました。

そのうち電話でもなんだから久々に合おうよ…という事になって、 午後4時に多摩市の横内邸に急遽お邪魔する事になったのです。 ご自宅に直接お邪魔するのは10年ぶりぐらいで息子さんたちが大きくなっているには驚きですが 横内クンも昔から大きかったのですが、よりボリュームがついて大きくなっていて 今でも食べ盛りの3人の息子を差し置いて家で一番食べるというのです(^_^;)

アルバイト時代も食事付きだったのですが、ものすごい大食いで有名でした。 ご飯はランチプレートに一皿と決められいていましたが、 量は好きなだけ自分で盛ることが出来たのです。 それが皿の端から綺麗に富士山のように高々と盛られいて、 カレーライスの時には、山のてっぺんを噴火口のように大きくえぐり、 そこにカレーを注ぎ皿からカレーがこぼれないように、それでも薄っすらと 山の、いやライスの裾野までカレーがかかった芸術的テンコ盛りは今でも忘れられません(^_^;)

いつもお金が無く(^_^;) 岡山の実家に里帰りする時は私が東名の川崎インターまで連れていき そこからトラックをヒッチハイクして… アメリカ旅行したいと決めたからは、家賃を節約するやめ下宿を出てお店の更衣室に泊まりこみ 朝から晩まで働いてパスポート受け取りの葉書が届くためにお店の更衣室に借りた マンションに横内の表札を出してめでたくパスポートをゲットしアメリカへ。 横内クンから送られてくる絵葉書には“腹が減った”というものばかりで、 わざと下痢をさせて、食欲を無くしてる…とか悲惨なもの(^_^;) 成田に無事着いて帰国した時は直行でお店にきてタラフク食べたのには皆で大笑い(^_^;)

なにしろ印象深い学生アルバイトでした。

長男のタカ君や三男のジュン君と若い人がいると、どうもいつも以上に ハイテンションになって、いろいろと熱をもって話してしまい、 YUKIがいたら横からしゃべり過ぎと足をけられていたかも知れません(^_^;) アッというまに時間が経過して、近くにネパール人がやっているカレー屋さんに行こう… という事になりました。 そこで次男のショウ君と合流し6人で食事。 ① ② ③ ④ ⑤ 奥様の実家が釜石でご家族は無事だったそうですが、親戚や知人は被災されたおられたようで それ以上聞くことも、なんだかこちらがつらくなって聞く事が出来ませんでした。

でも、こうして横内クンの子供たちが、あの頃の横内クン以上の年齢になって こうして、いつまでも楽しくお付き合い出来るのも、 横内クンの愛すべき人柄と、この仕事をやっているおかげと、 改めて感謝した楽しい一日でした。

2011年03月21日374号 ヒロコの婚約発表

日本列島は大変な事になっている3月14日(月)の正午… YUKIのパソコンに、現在アメリカに留学中のヒロコから突然【スカイプ】が入りました。 パソコンにはヒロコの顔が映し出されます。 「今、そっちはどう?」… 「今度は原発がおかしなことになってきたようでバタバタしているよ」…と私が答えると 「なんだか大変な時だけどランスがKENとYUKIに話をしたいって言ってるの」というのです。

まずは、以下をクリックして私が撮影したこのyoutubuご覧下さい。(^_^;)

ランスと昨年のクリスマスに【スカイプ】を通して「メリークリスマス!」と ほんの少し挨拶をしたのが始めてで今回で2回目で直接あった事はありません。 でもヒロコのブログやフェイスブックは良く見ているので ま~こんな事もあり得ると覚悟をイヤ想像をしていました(^_^;)

ランスはヒロコの友達ジュンコの友人で、日本には東大の研究員として4年ほど住んでいたようです。 ヒロコとは友達の集まりで2・3回合ったぐらいで、それほど親したしくはなかったようですが ランスが帰国してから、ランスの方から頻繁にメールが来るようになったようです。

ヒロコがボストン大学の留学が決まると、アラバマで仕事をしているランスは ボストンが実家という事もあって、ボストン空港に迎えに行くと喜んでくれたのですが けっきょくヒロコの予定していた便に乗れずにランスとは合う事が出来ませんでした。

でも、ここからヒロコのブログに新しい展開が見られます(^_^;) ボストンの実家のランスのパパ、ケビンさんが、さかんに 「りんご園のある我が家に遊びにいらっしゃい!」と声をかけ ヒロコも遠慮せず、何度も訪ねるようになり、そこにいるジャックスという大きな犬とも仲良くなるのです。 そしてケビンさんがヒロコのブログやフェイスブックにやたら登場するようになるのです。

ヒロコがボストンで初めてランスに会うのは10月の終わり… この時、ヒロコの友達で私たちとも親しいヒーちゃんがボストンに遊びに来ていて 取り込み中で、ランスの貴重な休日が思うように行かなかったようで、 なぜかパパのケビンの方が不機嫌になってしまい、笑ってしまいました(^_^;) そして11月のサンクスギビング・デイとクリスマスの休日には ランスのボストンの実家に招待され、ランスの妹家族や ケビンさんとは離婚したランスのママや、ケビンさんの親戚などいろいろな人に紹介され、 年が明けると、ランスとラスベガスに行ったり…アラバマに行ったり… もう完全に恋人同士という雰囲気で、今回にいたったというわけです(^_^;)

まだヒロコの留学は8月までありますし、 その後、具体的にどうするかもヒロコやランスも決めていないようですが 宮崎の88歳の義母は、これでアメリカに行けるとハリキッテいます(^_^;) 二人とも世界のどこにいても生活出来そうですし、 仲良く好きなように生きれば良いと思っています。

ありがたい事に今の時代は、どんな遠くに離れていても… 毎日のようにリアルな情報が入り、テーブルの真ん中に【iPad】を置けばスカイプで 3人が食卓を囲んで雑談をするように、タダでいつまでも話す事が出来るのです。 そして、その気になれば格安チケットで世界中の国にす自由に行ける時代です。

これで苦手の英語が【iPad】や【iPhone】でカバーしてくれるようになれば完璧なのですが… どうなる事でしょう(^_^;)

2011年01月31日367号 久々に映画館

1年に2回ほどは家族で映画を見に行くのも我が家の慣わしでした。 それも割引が効く、最終上映のレイトショウか毎週水曜日のレディースデイ…というのが原則です(^_^;) 私は4年ほど前からシニア割引が使える年齢に達していて、いつでも1000円で見れるのですが、 女性2人が1000円になる水曜日か全員が1200円になるレイトショウと決まっていたのです。 でも現在はヒロコは留学中、YUKIもシニア割引が適用される年齢になったわけですから 二人ともいつでも1000円で映画を見る事が出来る身分になったわけです。

そんなわけで土曜日、二人で映画を見にいく事にしたのですが切符売り場で 私の年齢を証明する運転免許書がクルマに置いてある事に気づいたのですが、 なんの事は無い、以前から夫婦のどちらかが50歳以上だったら二人で2000円で見る割引があったのです(^_^;) なにはともあれ~映画が安く見られるという事は良いことです。

さて見てきた映画は『ソーシャル・ネットワーク』 今や5億人のユーザーが利用するというSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)『Facebook』の創始者の話。 創始者と言っても現在27歳の青年で、 数年前のハーバート大学在学中の『Facebook』創業の経緯を 登場人物はすべて実名で登場する青春ドラマといったようなものです。

私がこの映画を見たいと思ったのは… 現在留学中のヒロコの『Facebook』が見ていて、これはスゴイ!と実感していたからです。 日本でSNSと言えば『Mixi』で私も5年ほど前からユーザーになっていますが ユーザーのオープン度が桁違いで… 『Facebook』の方が開放的でほとんどが実名や顔写真を出して しかも全世界と繋がって英語やスペイン語や日本語が入り混じって、いろいろな人がコメントをいれているのです。 私は世界中の誰もがインターネットで匿名でなく顔を出してホンネで繋がっていけば戦争も争いもなくなり まったく新しい時代がやってくると以前から思っていたのですが、それを『Facebook』に感じたからです。 私も一応、登録だけはしているのですが…でも、まだ使い方もよくわからないまま ”お友達”はYUKIとヒロコを含めて数人しかいませんが、これを機会に”お友達”にと思われたら是非(^_^;)

映画『ソーシャル・ネットワーク』については… 昨年10月、ボストン大学に留学中のヒロコがこんなブログを書いています。 映像の編集が専門で映画にも携わり、『Facebook』を活用し、登場人物達の同世代で、 ハーバード大学とは川を挟んで向かい側の大学にいるに…それとも”だから”なのか ~かなり冷ややかな感想です(^_^;)

でも、私の見終わった感想はまったく逆でした。 ”話がダラダラ”どころか テンポの速さと軽快さ!セリフの面白さ!エンディングの斬新さ! 脚本、編集、演出、撮影、音楽、そして俳優の演技力…などなど全てが一体となって 2時間という上映時間はアッというまに終わってしまいました。

映画が最初のテロップにJustin Timberlakeという名前が出てきます。 隣に座っているYUKIに「アレってインシンクのジャスティンじゃない?」と小声で言いました… YUKIも「たぶんそうでしょうね」…というだけで何もわかりません。 ジャスティンはヒロコが中学から高校にかけてファンだったアイドルで、そのダンスをヒロコが覚えるため 何度もビデオを見たりしていたので、私も彼の名前だけは記憶に残っていたのです。 そのジャスティンがNapsterの開発者のショーンとして 本物がそうだったかは知りませんが、怪しげでユニークなキャラクターを熱演します。 Napsterが事業として失敗した事に対して(具体的なセリフは忘れてしまいましたが) 「そんな事より音楽CDをこの世から消滅させてことに意義がある!」(といったようなことを) 胸を張って言うとろは、私には大うけで拍手をしてしまいました^_^;) インターネットの本質を知っているショーンと主人公マークは意気投合し『Facebook』は 飛躍的にユーザーを増やしていくのですが、創業からの親友との仲は…

テンポの良い画面の展開を支える音楽効果も秀逸で 音楽担当のトレント・レズナーってどんな人と、調べてみたら… なんとアルバム無料ダウンロードや著作権フリーで映像を開放している事でも有名な ナイン・インチ・ネイルズ(NIN)のリーダー! ヒロコが講師をしていた母校テンプル大学(日本校)の授業でNINプロジェクトをやっているのです。

とま~なにかとヒロコがらみが出てくる映画と思ったのですが… そう思うのは親バカで、単にヒロコの世代が中心になってきただけのはなしで、 […]

2011年01月03日363号 こんな時代だからこそ

あけましておめでとうございます! 皆様どのようなお正月をお過ごしでございますか?

大晦日の夜9時ごろ我が家の近くにある高層のマンション群の横をクルマで通過した時、 なんだかいつもと違う風景に感じたのですが… それはほとんの窓が明るく照らされていたからです。 毎年この日この時間はそうだったのかも知れませんが、 「この不況でみんな家にいて質素に正月をすますんだ!」…とYUKIと笑いながら クリスマスのイルミネーションのように輝くマンション群を楽しく眺めながら通り過ぎていきました。

不況・不況と暗いニュースが流れますが、 ず~と不況の我が家からみれば(^_^;) とても落ち着いた良い時代になっていくように私は思っているのです。

前号で少し紹介した年末恒例ハートコンサートは第17回目でしたが 第1回目が開催されたには私が新聞配達をやっていた頃でした。 友人のノブさんがライオンズクラブのメンバーを中心にボランティアで始めたと聞いて 私は「こんなものは長く続くわけがない!」…と冷ややか目で横から見ていました。 ライオンズクラブや国際ソロプチニストの”お付き合い”の場といった感じがしたからです。 しかしココ数年、そのような人は激減し 残ったのは、このイベントそのものを毎年暮れの楽しみとして参加してくれる人たちです。

したがって参加者を維持するのは大変ですし、 若い音楽家に僅かであっても奨学金を出して、 ホテル・ニューオータニの総料理長のフルコースの料理とワインとクラシック演奏を楽しんで 一人12000円という料金は、リーズナブルと言っても、今の時代、安くはありません(^_^;)

私は閉会の挨拶の中で… 「大変な時代だけど…いや大変な時代だからこそ、このようなひと時を持つという事… 若い音楽家の成長を応援し見守るという心の余裕や豊かさが重要に…」 なんて事を言わせてもらい 「新しい年も、この日がある事を忘れずに厳しい1年を乗り越えて下さい!」 といったようなスピーチをしたのです(^_^;) それは私自身の偽らざる気持ちでもあるのです。

なんだかんだといっても、 経済成長の中でいろいろな贅沢を甘受してきた現代人が、生活レベルを急激に下げる事はつらいものです。 しかし、少し落ち着いて生活を見直してみると、そんな中で失われいったモノも数多く、 それとのバランスを調整する良い時代になっていくように私は思っているのです。

ヒロコは米国留学中! もちろん仕事は休職、自費と奨学金と円高メリットを生かして、 それなりにエンジョイしながらやっているようです(^_^;) 毎日アップされる本人のブログや、無料で何時間でも画像付で会話が出来るスカイプで お金をかけずに色々な事が出来るようにもなりました。 我が家の”恒例バカバカしい年賀状”も…日米合同で簡単に出来てしまいました(^_^;)

というわけで 今年もマイペースで、それなりに忙しく(貧乏性なもので) それなりにガンバリながら、清く貧しく生きて行きたいと思っていますm(_ _)m

2010年09月06日346号 ヒロコはボストンへ!

30日(月)の朝、ヒロコは成田空港よりボストンに旅立ちました。

その前夜はおばあちゃん(私の母)と中尾家(私の妹一家)に出発の挨拶をして ① ② それからバタバタと荷作りをして、 ほとんど寝ないで早朝6時に私の運転で我が家を出て成田に向かいました。

まったくの渋滞もなく7時には成田空港に到着、① ② 11時5分発のワシントン行きのUAの搭乗手続き開始の9時15分までにもかなりの時間があります。

でも、我が家からちょうど100キロ先の成田空港まで何度も行っている私は 何度か大渋滞に巻き込まれて苦い経験をしているので、これでいいのです(^_^;) ゆっくりと朝食をとって、① ② ③ ④ ゆっくりと買い物をして、① ② ③ 搭乗カウンターへ、 となりのカウンターで女性客が荷物が重量オーバーで4万円ほどの請求を受けています。 ヒロコの荷物は旅行用のバックが2個ですが、 黄色の大きなバックは私がこれまで持ったことのないほどの重量で驚いていたのです。 最初の予定ではヒロコの荷物運びも兼ねて私とYUKIも一緒に行く予定でいたのですが 先立つもの足りなくて(^_^;) これは、かなりの重量オーバーが課せられると思っていたら、 エコノミークラスからプレミアム・エコノミーにアップグレードしてもらい 重量オーバーもなし!何とラッキーなことでしょうか(^_^;) ヒロコが心配していたワシントン空港からボストンへの国内線のタイトな乗り継ぎも エコノミークラスより一足早く機内から出ることが出来てスムーズにいったようです。 YUKIが料金を調べたら3倍ほども違って大ラッキーな旅立ちだったというわけです(^_^;) ① ②

さて、ヒロコはボストンに何をしに行ったのか?…よく質問されます(^_^;) ボストン大学の大学院生として【映像マネージメント】について 12名の院生仲間と最初の半年はボストン大学で、後半はロスでの実施と 1年をかけての中身の濃いプログラムのようです。

具体的な内容は私にはまったく判りませんが(^_^;) これまでヒロコ自身が大学で学び、 社会に出てビデオ映像に携わる会社に就職し、 母校で【映像編集】の非常勤講師として週3日教える立場を体験し 身銭を切っての今回のチャレンジですから、きっと身につく事でしょう(^_^:)

そして何より国籍を超えた12名の専門的目的を持った人たちと 1年間一緒に学び苦楽を共にするわけですから、 これからの人生にとっても大きな財産になる仲間がますます増えていくことでしょう。 ますます…と書いたのは、 これまでもヒロコはほんとうに多くの人たちに支えられ、 それが彼女の最も大きな財産だと、 財産もなく借金しか残せそうもない親の私が思っているからです(^_^;)

ここ数年のインターネットの進化は目覚しいもので、ますます拍車がかかっていくでしょう。 ヒロコのブログは毎日アップされ、その様子は手を取るようにわかります。 住所が判れば住んでる家がグーグルのタウンビューでリアルに見えますし、 通学の風景や行き付けのレストランやスーパーだって写真で見えてしまいます。 スカイプがあればタダのテレビ電話で我が家に3人がいるのと同じような会話が出来てしまいます。 ヒロコ主催の恒例バーベキューなどを通して、私もYUKIもヒロコの多くの友人・知人を認識しているので 【Facebook】や【twitter】でのやりとりを見るのも面白いものです。

一緒に生活していると、かえって知らなかったりもするものが、 離れていた方が色々とリアルに伝わってくるというヘンな時代かもしれませんが… この”距離感”もナカナカのもので、 これはこれで楽しんでいこうと思っています。

[…]

2010年08月23日344号 二子多摩川の花火

8月18日(水) アカラックスでもヒロコの送別会をやって頂きました。 4月にヒロコの留学決定のお祝いもして頂いたのに(^_^;) ま~サカモッチ(坂本さん)には、これまでヒロコも数学(算数?)やインターネットの事でも 大変お世話になっているので会計はヒロコ持ちでと本人は申していたのですが… 結局は我が家全員またゴチソウになってしまったようですm(_ _)m

会場は4月と同じヒロコが大変お気に入りの中華料理『白蘭』 メンバーも4月と同じ、もう家族のように親しくさせて頂だいている アカラックスの新越さん、下川さん、沖田さん、そして坂本さん。 ① ②

どこへ行っても、遠慮も緊張感もない我が家のメンバーですが(^_^;) ここまで心が和むところはありません、しかも会社なのに(^_^;) ① ② ③

8月21日(土) 二子多摩川のヒロコのバーベキュー大会に、 近所だということもあって何度か参加して頂だいている古田夫妻から 二子多摩川の花火大会のお誘いを頂きました。

私はこの日は夕刻まで用事があって花火が始まる7時頃にお邪魔すればと 思っていたのです。 しかし良く聞いてみると、 まずは午後5時30分までに古田さんのマンションに集合!そこからみんなで歩いて、 古田夫妻が前もって花火見物の為にシートを敷いて確保している場所に 皆で揃っていくという事になっているというのです。 そうしないと大混雑の花火会場ではケータイが繫がらなかったり、騒音で聞こえなかったりで みんなと一緒に花火見物をするのは困難なようです。

したがって私の用事はキャンセル、 5時30分までに古田家に到着するようYUKIと我が家を出たのですが、 電車も二子新地駅もラッシュアワー以上の超満員! ① ② ③ ほんとうはココでヒロコ達と待ち合わせの予定でしたが、 我々だけで先に行くことにしたのですが、道に迷ってしまい… ① ② ③ ヒロコ達の方が先に到着!定刻を大きく過ぎて我々は到着してしまいました(^_^;)

マンションから花火会場へ ① ② その途中で、遅れて心配していたジェニファーと道でバッタリ、ラッキーでした。 ① ② ③ 古田夫妻が確保しておいた広々としたシートには大感激! ① ② まずはビールを飲みながら花火の打ち上げをまつ事に(^_^;) ① ② ③

5000円の有料席もあるそうですが… ここでは足も大きく伸ばせて、川辺の風も心地よくまさに特等席! これほど近くで、これほどゆったりと花火を見たのは初めての経験でした。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥

花火が終れば、みんなで歩いてまた古田さん宅に戻って次はホームパーティです。 ① ② ③ ④

ヒロコの大学時代の友人イッテツは両親とも日本人の立派な日本人ですが アメリカ産まれのアメリカ育ちで中身は完全アメリカ人。 この日は初めて着物に下駄だったのでが、もう下駄だけは2度と履きたくないそうです(^_^;)

古田家の愛犬ブレスも大勢の来客、たくさんの料理に興奮気味です。 古田さんはヒロコのボストン行きを祝しての乾杯をしてくれました。 ① ②

私の隣にいたお嬢さん(樋渡真美さん)のお仕事を聞くと… ジャズやボサノバやシャンソンを歌って、アクセサリーのデザインもやっているとの事。 私はブログでこれからの時代は「好きなこと、得意なこと、を職業に!」と主張しているのですが、 今の若い人の多くはまず”好きなことや得意なこと”が判らない…というのに愕然とした、 樋渡さんは、まさに好きなこと、得意なことにチャレンジしいて、応援したくなりました(^_^;) 彼女の歌手としのHP、アクセサリー・デザイナーとしてのブログです。

時間を忘れ色々な人と楽しく、美味しく、素晴らしい時間を提供して頂いた古田夫妻に感謝です。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨  全員集合

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2010年08月16日343号 ヒロコ送別会の日々

アメリカの大学院留学が今月末と迫って、ヒロコは送別会でも忙しくなったてきたようです。 何か口実をつけて飲み会を企画したりするのが好きな娘ですので、 たった1年間の留学ですが、なんだかオオゲサなことになっているようです。(^_^;) てなことを他人事のように言っていますが ヒロコの両親…すなわち私とYUKIまでが出席するから、ますますオオゲサになるのかも知れません。 でも誘われるとなんでも喜んで参加するが我がファミリーの慣わしですから(^_^;)

8月11日(水)はヒロコの会社(バージンアース)での送別会でした。 …といってもヒロコは2年半ほど前から母校のテンプル大学日本校で映像編集の講師を週3回やるようになって 正社員ではないのですが社長のリチャードを開いてくれたようです。

そもそもヒロコがバージンアースに入社したのはテンプル大学の恩師であるロンがリチャードの友人だった事が はじまりで、ヒロコの母校での講師依頼もリチャードは気持ちよく了承してもらい… 今度のボストン留学中の住居も リチャードの従弟ファミリーの豪邸?の一部屋を提供して頂ける、という心も身体も大きい社長さんなのです(^_^;)

会場はバージンアースの青山スタジオ、 通信衛星を使って世界中の配信できる設備を持ったスタジオですが、この模様は世界に配信されず(^_^;) そのかわりヒロコの同僚で結婚してイスラエルに行ってしまったカオリさんと スカイプで繫がって大いに盛り上がりました。 ① ② ③ ④

ヒロコの会社でのこのようなパーティーに参加するのは初めてですが、 毎年9月に恒例になって今年はヒロコの留学があるので7月に行った多摩川河川敷での バーベキュー大会に参加頂だいている人たちも多くいるので  ① ② ③ ④ 私たちも大変楽しく過ごすことが出来ました。 ① ② ③ ④ ⑤

8月14日(土)はヒロコが大学の時にインターン・シップで勤務したことがある 『JAPAN TODAY』というネット配信をしていた会社で親しくしていたマミーゴさん(マミさん)宅に 招待されたのです。 マミーゴさんの結婚式の司会は、ご主人ショーちゃんの友人とヒロコの二人でやる事になっていたのが ショーちゃんの友人がお酒を飲みすぎ途中でダウン、ヒロコが最後までやりとげとても感謝されたとか(^_^;) ショーちゃんは料理もサーフィンもプロ級で、バーベキューには最初の頃から参加して頂だいて、 ヒロコが選ぶベスト・ハズバンドのベスト・スリーに入るナイス・ガイです。 サーフィンが目的でのオーストラリアのワーキングホリデーでアメリカ映画のエキストラをした話や 新婚旅行でのマダガスカルの話など興味深いものでした。

少し遅れて、マミーゴの高校時代の同級生で同じ職場に勤務していた時に… インターン・シップのヒロコをとても鍛え上げて頂いた”女傑!”のサチエさんがやってきました。(^_^;) ゴジラ松井の大ファンで単身ニューヨークに乗り込んで何のコネも使わず松井選手の 単独インタビューに成功したり、豪快なエピソードにつきず、オヤジの居酒屋ネタの本なども出しているのに なぜか?お酒は飲めない人なのです(^_^;)

サチエさんには今年のバーベキューでは最初から最後までモクモクとバーベキュー係りとして 大いに戦力になって頂きました(^_^;)

マミーゴの家は我が家からクルマでいけば15分ほどのところなのですが、 我が家は”呑んべい3羽鴉”ですからクルマで行くことは出来ません。

そうなるとバスで向ヶ丘遊園まで行って、一駅小田急線で登戸まで行って、 南部線に乗り替え一駅先の中野島で降りて…そこから徒歩でと、けっこうややこしいのです(^_^;) だったらバスを途中で降り健康のため歩く、という事にしましたのですが 思ったよりたいしたこともなく、ビールはグイグイと進み ショーちゃんの料理はとても美味しく食べることが出来ました。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 帰りはタクシーが直ぐに拾えて,すぐに我が家に到着しました。 ① ② ③ ④ ⑤ 

ちなみにサチエさんは草加(埼玉県)にお住まいで、ちょっと大変かも知れませんが、 なんせサチエさんですから大丈夫でしょう、酔ってませんし(^_^;)

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2010年08月08日342号 飯山OFF会 in 麻布

先月、飯山での”草取り”と”蛍鑑賞”と”酒盛り”で大いに盛り上がった、その深夜 清野夫妻とヒロコと私、そして森の家のスタッフでこの日宿直だった林クンとで 次回の東京OFF会を何時・どこでやるかで、またまた盛り上がっていました。(^_^;)

6月の東京OFF会でも、飯山の森の家のスタッフンになる前は東京にいた林クンにも 次回は是非参加してもらおうという事になって、そのうちあわせです。 ようするに林クンがいつ出てこれるかで… 彼のスケジュール表から東京に出てこれる日を軸に、こちらの予定を調整し 8月4日とまずは開催日が決定! 次に会場ですがテレビ局のディレクターの職を捨てカンボジアにボランティアに行ってしまった ヒロコの仕事仲間”アニー”の麻布のマンションなら時間を気にせず楽しめるし…ということになりました。

8月4日・アニーのマンション(麻布)・午後7時から・飲み物持込・料理は用意・ それにアニーのマンションの使用料として1000円…と決定したのです(^_^;)

その2日前の8月2日、アニーが急遽一時帰国する事になったのですが、 アニーは「ボクも楽しみにしているから気にしないで!」…という事で当日を向かえました。

アニーのマンションでのパーティーはこれで3回目の私ですが、 過去2回はクルマでちょっと”顔を出すだけ”のつもりYUKIが上機嫌になってしまい 結局、私はシラフなまま深夜まで付き合わされることになったのです。 今回は飯山のOFF会、私も大いに楽しむつもりですからクルマを置いての参加です。 YUKIと電車で少し早めの午後6時に到着、まだ主(あるじ)のアニーとヒロコだけでしたが…

東京OFF会のリーダー清野夫人のサッチャンが料理の準備もあって参上。

アニーの友だちで料理名人でミス福島にもなった美人のマイマイさん。

OFF会の常連でお酒とタイガースが大好きなチカートさん。 誰もが初対面で楽しみにしていたチカートさんのご主人で獣医の親跡さん。 ①

飯山における若手東大”閥”?のキーマンでもある、ほのぼのしたプーさんですが 東京ではじめて見る姿はキリッとしたキャリアウーマンのようでサスガと見直しました(^_^;)

私の姪っ子でヒロコの従妹、アニーのカンボジヤ行きにも同行し、 ヒロコ主催の恒例のバーベキュー大会では清野夫妻とも意気投合し、 留学のため行けなくなるヒロコに変って飯山の稲作に参加するつもりでいるロイターカメラマンのユリ。

私とYUKIが初参加した2年前の田植えで同じ初参加で、懇親会でも同じテーブルで それいらい親しくしている飯山をこよなく愛する自然派タカハシさん。

奥様が翻訳家、職場で一緒になったご主人は乃木坂の大手レコード会社に今も勤務中(^_^;) で国際的なイサヤマ夫妻。

サッチャンのご主人でこの会のレギュラー清野ヒロユキさんが…

そしてそして…今回のメダマ!飯山から林クンが新幹線に乗り継いでやってきました! なんと!森の家のユニホームのままで(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤

最後に飯山・東京OFF会の創設メンバーで楚々とした美女で底なしの大酒のみ森川さん(^_^;) 全員集合で大いに大いに盛り上がったのです。

森川さんはJICA社員で9月から3年間モロッコに赴任しますが… なんと、マイマイさんは2003年から2年間、JICAのモロッコで日本料理を教えていたのです。 ① ②

そうそうアニーも楽しく参加していたのですが… 過酷なカンボジアから帰国したばかりでお疲れぎみなのに、 YUKIからズバズバとキツイことを言ったようで部屋に閉じこもってしまいました。 コレがYUKIなのでありまして、私は慣れていますが普通はね~(^_^;) ① ②

でもチカートさんのご主人・親跡さんはとても野球に詳しい方で 私が阪急ファンだったと知ると、その頃の選手をとてもよく知っていて、ほんとうにひさしぶりに 野球談義をすることが出来ました。 ①

林クンは北海道でナンバー1の陸上400メートルの選手だったそうですが… 森の家のスタッフは皆イケメンのスポーツマン、しかし残念なことに皆既婚者なのです。 私が残念がることはないのですが(^_^;) 林クンも大学時代の後輩と結婚、昨年飯山で長男が生まれて大変な子煩悩なのです。 そして飯山の若いスタッフは今ベビーブームなのです。 東京で働いていた時と比べれば飯山での収入は激減したようですが、 人間らしい生活が出来るようです。  ① ② ③ ④

そういった価値観を持った多くの人たちと飯山で出会えることが出来るのも… 私が飯山にとりつかれ離れられなくなる大きな要因なのかも知れません。

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