2011年11月14日 第408号 なべくら古民家映画祭

12・13日と2日連続で行われる映画祭にユキと参加してきました。

…というとチョットおおげさですが、そういうイベントが飯山のなべくら高原・森の家が行いうメールでのお知らせが届いて そこに描かれているイラストもこれまで見かけた事のない斬新でほのぼのとするもので  ① ② ユキと「いいね!」という気分になって出かける事にしたのです。

11日秋晴れの飯山!何度も訪れている飯山ですが、田植えが終わったこの時期ははじめて! 同じ時期でも来るたびに新しい感動のある飯山ですが、秋の深まった晴天の飯山はまた格別です。① ② ③

映画祭は11日に第一部と第二部、12日の第三部となっていて 飯山のなべくら高原にある、それぞれの古民家に会場を移して映画鑑賞をして

その後は飯山の食材使ったおいしいものを食べようという企画で、 定員は一部と三部が15名、二部が25名という、ゆる~い映画祭で、もちろん私とユキは全て参加しました。

12:30森の家を出発、いつもの田んぼに向かう道ですが落ち葉を踏みしめて歩くのは初めて、① ② 第一部の会場は森の家のスタッフの女子寮?なかなかの風情で映画鑑賞にはピッタリの雰囲気。 ① ② 途中でプロジェクターの電球が切れて上映が中断するというアクシデントがありましたが、① ② 昔は映画の途中でよくフィルムが切れたりしたもので、これもなかなかの演出効果?でした(^_^;)

上映された映画は『かもめ食堂』 映画が終わってのヨモギだんごと野沢菜とお茶はまた格別! ① ② ③ ④ ⑤ 夕暮れの景色も最高です! ① ②

第二部は17:00に森の家からマイクロバスで15分ほど行ったボランティアの手で再生した古寺【大応寺】。

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦

ここは以前に、うどん作りで来た事がありますが、 闇の中ロウソクが灯された石段を登っての演出はなかなかのもの 上映された映画は『南極料理人』 映画が終わってランプの灯りで食べるキノコ汁と新米のおにぎりに信玄ずし(笹ずし)は大好評でした。 ① ②

この日の宿は、いつもの森の家が満室で戸狩温泉の民宿『岸田屋』。 合宿に多く利用されているようですが情緒があって、しかも無線ランが繋がっているのにはビックリしました。

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧

12日、第三部は思った通り会場は、われわれのコメ作りの田んぼのすぐそばにある森の家のスタッフの男子寮?(^_^;) ここには3度目の訪問ですが、これまではホタル観賞の暗い時で、 あらためて見ると、明るいところで見てもると素晴らしい古民家である事が分かりました(^_^;) 上映された映画は『秋刀魚の味』 映画が終わってのおでんのこんにゃくがなんと美味しかったこと、古民家住人が作った燻製各種もグーでした。

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ 最終日は地元のケーブル・テレビの取材もあって私にもインタビューがありました(^_^;) ① ② ③

 

三本とも見た事の無い映画で、 最初の二本はそんな映画がある事も知らずにいたのですが、とても楽しく見る事が出来ました。 三本目は小津安二郎の名作でもちろん題名ぐらいは知っていますが、小津作品をじっくりと鑑賞したのはコレが最初でした。 この映画は1962年の作品で私が16歳の時、東宝の株主券が伯父から貰えたので 東宝系の映画は洋画も含めタダで見る事が出来て映画を見まくっていた時代で、この映画が封切られたのもよく覚えています。 秋刀魚という字を初めて知ったからです、 でも松竹の映画には縁が無く、第一こどもが興味持つような映画ではなく それからず~と65歳になる今日まできてしまったというしだいです。 小津作品は年寄りが作った年寄りの作品いう印象があったわけですが、主演の笠智衆はこの時58歳 小津安二郎はこの作品の翌年60歳で亡くなっているのです。 そしてテーマも嫁ぐ娘の父親を描いたのもの(^_^;) 時代背景も懐かしく、またセリフのひとつひとつも身に沁みこんで時間を忘れ見いってしまい 名画である事がよ~くわかりました。 実は小津作品、テレビやビデオで何本かは見ているのです最後までしっかり見る事がなかったのです。 暗いところで多くの人たちとスクリーンに向かって集中して見る… 小津作品に限らず映画は映画館やこのような環境で見るように作られている事を実感したのです。

『かもめ食堂』はフィンランドの都市ヘルシンキを舞台にした若い女性監督の日本映画ですが、 とても軽妙でタッチも斬新で感動した作品でしたが、 『秋刀魚の味』…すなわち小津作品に大きな影響を受けている事がとてもよく判りました。 『なべくら古民家映画祭』 まだまだ3作品について書きたい事は山ほどあるのですが止めておきます。 […]

2011年01月31日367号 久々に映画館

1年に2回ほどは家族で映画を見に行くのも我が家の慣わしでした。 それも割引が効く、最終上映のレイトショウか毎週水曜日のレディースデイ…というのが原則です(^_^;) 私は4年ほど前からシニア割引が使える年齢に達していて、いつでも1000円で見れるのですが、 女性2人が1000円になる水曜日か全員が1200円になるレイトショウと決まっていたのです。 でも現在はヒロコは留学中、YUKIもシニア割引が適用される年齢になったわけですから 二人ともいつでも1000円で映画を見る事が出来る身分になったわけです。

そんなわけで土曜日、二人で映画を見にいく事にしたのですが切符売り場で 私の年齢を証明する運転免許書がクルマに置いてある事に気づいたのですが、 なんの事は無い、以前から夫婦のどちらかが50歳以上だったら二人で2000円で見る割引があったのです(^_^;) なにはともあれ~映画が安く見られるという事は良いことです。

さて見てきた映画は『ソーシャル・ネットワーク』 今や5億人のユーザーが利用するというSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)『Facebook』の創始者の話。 創始者と言っても現在27歳の青年で、 数年前のハーバート大学在学中の『Facebook』創業の経緯を 登場人物はすべて実名で登場する青春ドラマといったようなものです。

私がこの映画を見たいと思ったのは… 現在留学中のヒロコの『Facebook』が見ていて、これはスゴイ!と実感していたからです。 日本でSNSと言えば『Mixi』で私も5年ほど前からユーザーになっていますが ユーザーのオープン度が桁違いで… 『Facebook』の方が開放的でほとんどが実名や顔写真を出して しかも全世界と繋がって英語やスペイン語や日本語が入り混じって、いろいろな人がコメントをいれているのです。 私は世界中の誰もがインターネットで匿名でなく顔を出してホンネで繋がっていけば戦争も争いもなくなり まったく新しい時代がやってくると以前から思っていたのですが、それを『Facebook』に感じたからです。 私も一応、登録だけはしているのですが…でも、まだ使い方もよくわからないまま ”お友達”はYUKIとヒロコを含めて数人しかいませんが、これを機会に”お友達”にと思われたら是非(^_^;)

映画『ソーシャル・ネットワーク』については… 昨年10月、ボストン大学に留学中のヒロコがこんなブログを書いています。 映像の編集が専門で映画にも携わり、『Facebook』を活用し、登場人物達の同世代で、 ハーバード大学とは川を挟んで向かい側の大学にいるに…それとも”だから”なのか ~かなり冷ややかな感想です(^_^;)

でも、私の見終わった感想はまったく逆でした。 ”話がダラダラ”どころか テンポの速さと軽快さ!セリフの面白さ!エンディングの斬新さ! 脚本、編集、演出、撮影、音楽、そして俳優の演技力…などなど全てが一体となって 2時間という上映時間はアッというまに終わってしまいました。

映画が最初のテロップにJustin Timberlakeという名前が出てきます。 隣に座っているYUKIに「アレってインシンクのジャスティンじゃない?」と小声で言いました… YUKIも「たぶんそうでしょうね」…というだけで何もわかりません。 ジャスティンはヒロコが中学から高校にかけてファンだったアイドルで、そのダンスをヒロコが覚えるため 何度もビデオを見たりしていたので、私も彼の名前だけは記憶に残っていたのです。 そのジャスティンがNapsterの開発者のショーンとして 本物がそうだったかは知りませんが、怪しげでユニークなキャラクターを熱演します。 Napsterが事業として失敗した事に対して(具体的なセリフは忘れてしまいましたが) 「そんな事より音楽CDをこの世から消滅させてことに意義がある!」(といったようなことを) 胸を張って言うとろは、私には大うけで拍手をしてしまいました^_^;) インターネットの本質を知っているショーンと主人公マークは意気投合し『Facebook』は 飛躍的にユーザーを増やしていくのですが、創業からの親友との仲は…

テンポの良い画面の展開を支える音楽効果も秀逸で 音楽担当のトレント・レズナーってどんな人と、調べてみたら… なんとアルバム無料ダウンロードや著作権フリーで映像を開放している事でも有名な ナイン・インチ・ネイルズ(NIN)のリーダー! ヒロコが講師をしていた母校テンプル大学(日本校)の授業でNINプロジェクトをやっているのです。

とま~なにかとヒロコがらみが出てくる映画と思ったのですが… そう思うのは親バカで、単にヒロコの世代が中心になってきただけのはなしで、 […]

2009年06月22日283号 ひさびさに銀座で映画

ひさびさに銀座で映画をみました。 映画館で映画を見ること事態、2年前の『Sicko』以来ですが… 銀座で映画を見たの最後がいつだったかは昔すぎて思いだせません。(^_^;)

銀座と私の係わりについても以前に触れましたが、この界隈で 映画も数え切れないほど見てきました。 でも大きな映画館は日比谷や東銀座にあって、 銀座にあるの大きな映画館は京橋よりの『テアトル東京』ぐらいでした。 銀座の映画館という私のイメージは、並木通りにあった邦画の【並木座】や 和光の裏通りにあった『銀座文化』でした。

私が保険代理店を始めた頃、銀座和光と背中合わせで『ギャルリー・ル・コワン』という小さな画廊があり バブルの全盛期にはサザビーズやクリスティーズといった世界的オークションで落札した絵画の 海上保険の契約を頂だいていました。 その画廊のハス向いに新しいシアターがオープンし、 それが『銀座文化』を建て替えた新しい映画館と知って時代の流れを感じたものですが、 それからすでに20年以上は経過したわけです(^_^;)

今回映画を見に行ったのは、その懐かしい『銀座文化』の跡地に建った『銀座シネスイッチ』というわけですが… よく考えてみたら銀座で映画を見るのは30年ぶり以上という事になります。(^_^;)

6月19日金曜日。 YUKIが見たと言っていたフランス映画の『ベルサイユの子』です。 この映画館は金曜日は女性半額デイという事でヒロコも待ち合わせで行く事になりました。 考えてみたら私は何時でも映画は1000円で鑑賞出来る年齢(60歳以上)なので(YUKIも4月から) いつでも良かったのですが… この日が最終日の最終回でレディース・デイという事で女性 客でいっぱいです(^_^;)

たいした予備知識も興味もなくYUKI主導でいった映画でしたが 映画は大きなスクリーンの暗い映画館でじっくりと観るのとの思いはあるのです。

つまらない映画やドラマはだいたい最初の数分で判定がつくものです。 くどくどした説明や言い回し、テンポのない作品は最後まで同じです。

この映画はくどくどした説明どころか、何のまえぶれも説明もなく登場人物が出てきますが 少ないカットのアップ映像と、少ないセリフだけでもぐんぐんとスクリーンに引き込まれていきます。

若い母親ニーナと5歳の息子エンゾ。 ニーナは職につけづエンゾとの放浪の果て ベルサイユ宮殿のはずれの小屋でホームレスとして生活するダミアンに出会い 一夜を共にしたニーナはエンゾを残し姿を消します。 残されたエンゾとダミアンの生活。 介護師として自立したニーナは息子エンゾに合うために向った小屋は全焼しゆくえを見失います。 ダミアンはエンゾをつれて確執のある父親と若い配偶者がいる実家に。 エンゾはダミアンの実子として申請し、エンゾはダミアンの実家で父親夫婦の元で暮らすことに。 少年に成長したエンゾと母親のニーナとの出会い…。 そこで映画は終ります。

複雑な人間関係も…ムダを一切そぎ落とし観客の想像力でだけでも充分に伝える 俳優の演技力と優れた演出力は見事なもので あっけないと思われるラスト・シーンも見る人によっていろいろな事を考えてしまうことでしょう。 登場するすべての人が、それぞれ自立しながら優しい心根をもっていて しかも現代社会に対する鋭いメッセージをもった秀作でした。

この映画の終了後、同じ劇場での入れ替えで、 クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』も最終日という事で観ようという作戦だったのです。 しかし前もって切符を買っていなかったため”立ち見”になるとの事であきらめました。 でも『ベルサイユの子』の余韻を味わうにはコレでよかったと思います。 せっかく銀座まで来たのだからという事で ヒロコご推薦のインド・カレー屋さんに行って しばらく映画談義に花をさかせました。 ① ② ③ ④

[…]

2007年09月17日191号 映画【Sicko】を見に行く!

私の【セピア色の友】である丸さんからメールがありました。

丸さんはこの週間KENや私のブログもよく読んでくれて 時々メールをくれるのですが、ほとんどが私の誤字脱字に対するメールなのです。 (アカラックスの坂本さんもそうですが^_^;)

>玉石混淆、です。金剛ではない。(混合、も広辞苑にはない) 丸谷

ただ、これだけのメールが来るのです。(^_^;) これは私のブログで”玉石金剛”と書いてしまったものに対してです。 本当は”玉石混合”と書こうとして、その前に週間KENで金剛山の事を書いたので ”混合”が”金剛”に変換されてしまったのですが、混合も間違いだったようです。 勉強にはなるのですが…それにしても何時もこの調子でソッケないのです。

その丸さんが、けっこう長い文章(といっても彼にしては、ですが)のメールが届きました。 >なんとか時間を作り、次の映画だけは見ておいてください (中略) >アメリカの医療問題ですが、前半は医療保険の告発です (中略) >Sicko 川崎で三館もやっています (中略) >昨日見たばかりですが、角倉兄は見なければいかん、と確信したしました。 (後略)

いつもソッケなくクールな丸さんにしては熱いメールで そこまで言われたら見に行かないわけには行きません(^_^;) 実はマイケル・ムーアの【ボウリング・フォー・コロンバイン】が封切られた時は 丸さんに勧められたわけでもないのですが YUKIとヒロコと3人で新百合ヶ丘のシネコンに見にいっているので、 今回も3人で見に行こうという事になりました。

あいにく新百合のシネコンではやっておらず、今年オープンした横浜のららぽーとで やっている事が判り、我が家のいつものパターンで最終割引で見にいく事にしました。 ヒロコがインターネットで午後8時が最終上映を調べて行ったのですが… それは千葉のららぽーとのサイトを見たらしく、横浜ららぽーとは10時からという事でした。

はじめての横浜ららぽーとを散策し、 とんかつ屋で、私はごはんのお替りをしたあと小食のYUKIの残りまで全部たべつくして 映画館に向いました。

最終上映の映画館は私達家族の貸切状態で、椅子は大きくゆったりとリクライニング・シートで とても快適です。

映画はアメリカの深刻な医療問題をマイケル・ムーアならではのユーモアとテンポで 痛烈に批判したドキュメンタリーです。 アメリカは公的な国民健康保険制度がなく民間の保険会社への加入が基本ですが その民間保険会社が医師とグルになって給付金を払わないようにしているのです。 まー保険料はしっかり頂だいても、保険金や給付金は払いたく無いというのは どこかの国の保険会社も同じようです。 アメリカの場合は国民健康保険にあたるものが無いわけですから、 保険会社がその病気に対して保障しないと決められてしまったら悲惨です。

保険に加入出来ない、加入していても、そのような既往症があったら給付されない病気のリストが 「この家をラップ出来るほどある」との証言画面が切り替わると… 映画【スター・ウオーズ】のテーマ曲が鳴り響き 列挙された既往症の英語文字が宇宙空間に黄色く映し出され 左下から斜め上に次から次にに競り上がっていく大迫力の演出にはおもわず大笑いをしてしまいます。

アメリカほどの豊かで医療技術も最先端を行く国で、 貧しい人達は命をも奪われるような悲惨な立場においやられる、 それは9.11で活躍した屈強な消防士や民間の救命士までが…。 カメラはカナダ・イギリス・フランスそしてキューバとアメリカの酷さをの対比として 紹介されていきますが、日本も笑ってばかりはおれません。

格差の拡大で国民健康保健にさえ加入出来ない人が増え続け 地方では総合病院が破綻して、そのシワヨセが全体に広がり 病院はおろか医師さえも不足する非常事態に陥っている市町村が続出しています。

我が国では公的医療制度を補完するものとして民間の医療保険があるわけです。 私は自分のブログの中で、民間の保険会社が担わなければならない”社会的責任”に ついて熱く語り、それに対応していないことに怒りを込めている私に 丸さんこの映画を見せたかったのだと思います。

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2006年12月04日150号 3丁目の夕日

金曜日、テレビで『ALWAYS 3丁目の夕日』をやっと見ました。 ”やっと”というのは私の代理店仲間で同世代のS氏が、この映画が封切られた時に 我々夫婦に向って「是非この映画を、ご夫婦で見られる事を薦めます!」と 強く要請?されたのですが、はたせないでいたからです。

だいたいYUKIは日本映画というものにまったく興味を示さない、というより 日本映画の存在すら知らないではないかと思うほどの”宇宙人”です。 だから、その時も「ひとりで映画館でご覧になられては」と冷たくあしらわれ、 やっと先日、私ひとりでテレビを”ご覧に”になっちゃたしだいです。

映画は昭和33年の東京を舞台に二人の少年をじくにくりひろげられる人情ドラマです。 私はこの時代…渋谷区立渋谷小学校(今は都心過ぎて廃校)の6年生で時代的にピッタリとリンクするのです。 駄菓子屋で「クダサイナ!」と店主を呼び出す掛け声や、 水につけると”スカ”しか出ない5円クジなどリアルによみがえり笑ってしまいます。 映画の冒頭にラジオから流れる『おーい中村君』も草野球仲間に中村クンがいて みんなで節をつけて「お~い中村君♪」と読んでいましたが、コレッてイジメだったのでしょうか(^_^;) 草野球は日が暮れてボールが見えなくなるまでやっていましたから 夕焼けを見ると、その頃が思い出されます。

我が家にテレビがキタときも、電気洗濯機がキタときも、電気冷蔵庫がキタときも… そうそう映画でもあったように、それまで暗くてジメっとしていた氷の冷蔵庫から電気冷蔵庫に かわった時、冷蔵庫の中がまぶしいくらいの電光で総天然色のアメリカ映画のようだと 感激した事を思い出しました。

映画の中で町工場の鈴木モーターズにテレビがキタ日、その主(あるじ)は テレビを見にきた近所の人達に向って感無量に「戦争が終わって13年…」 と言って声をつまらせるシーンがあります。

そうだったのです、戦争が終わって、たった13年目の話です。 しかし、とうぜんの事かもしれませんが私にはまったく戦争の実感はありませんでした。 父親をはじめ大人達は、集まると戦争の話をし私も聞かされたものですが 昔話を聞いているようで「大人はどうして戦争の時の話ばかりするのだろう」と 不思議に思っていたぐらいでした。 でも今の私には13年前なんてツイ最近のようなものです。 実際いま48年前の昭和33年を懐かしんでいるのですから(^_^;)

フラフープも、オート三輪のミゼットも、力道山も、都電も、出てくるものスベテが懐かしいのですが… ”ひとつ”いや”全体として”私にはしっくりこないものがあります。 それはあまりにもレトロな新横浜のラーメン博物館のような画調です(^_^;)

映画としたら、そこまでデフォルメした方が味が出せるのでしょうが 私の幼い目からは、大村昆のテレビCMで売り出されたオート三輪のミゼットも、よく乗っていた都電も… 電気冷蔵庫のようにすべてが新鮮に輝いて見えていたのです。

東京タワーがあの位置で見えるのはどこだろう? 六本木か三田か麻布十番かいろいろ考えても、どこも合致しないようです。 ”六子”が東北本線で正月の帰省をするラストシーン。 車窓から東京タワーが見えるわけがない! 帰省列車がそんなに空いているわけがない!と心で文句をいいながらも、 目頭を熱くして最後まで見てしまいました(^_^;)

2005年10月17日091号 ココニイルコト

セピア色の友(61号)の丸さんと、彼が勤務するM放送の東京支社がある パレスサイドビルのラウンジで一杯飲みながら食事をしました。 そのときに丸さんから「そんなに阪急ブレーブスファンだったのなら、これをあげるよ…」 と一枚のDVDを貰いました。

でもそれは、どうみても恋愛ドラマのようで、おまけに非売品という表示まであります。 そもそも我が家にはDVDプレーヤーがありません。 パソコンからなら見る事が出来るのでしょうが、その習慣が私になかったので しばらく、そのままにしていました。 しかしインターネットから【レイン・メイカー】を見てしまって(88号)、 パソコンで映画を見る事に、まったく抵抗がなくなった私は、 そのDVD【ココニイルコト】を見る事にしました。

あらすじは先週ご紹介した【盲導犬】と違って、とても判りやすいストーリーです。 東京の広告代理店で駆け出しのコピーライターをする相葉志乃が、ある日突然、社内でよばれ、 上司である部長の夫人(創業者の娘)から手切れ金?の50万円が渡されます。 「大人なら何も聞かないでね、でもあなた体温低そうね…」 相場志乃を演ずる真中瞳は久米宏のニュースステーションで一時期スポーツ・コーナーで キャピキャピ美人キャスターとして出ていましたが、ココでは体温が低そうな女性を好演しています。

『願ったり信じたりしても無駄、そう思っていれば傷つかずにすむ』… 志乃は幼い時の体験からそう信じて自分を守ってきたのです。 大阪支社へ飛ばさた相葉志乃は、同じ日に中途入社してきた前野クンの口癖である、 「ま、ええんとちゃいますか…」にはげまされます。

【阪急ブレーブス】が登場するのは料亭のシーンです。 料亭に上司と志乃と前野クン、そしておもちゃ会社のコテコテ大阪人風の社長の4人が静かに座っています。 社長の隣で無愛想にしている志乃に上司はお酌をするよう目配せして 「この相葉は東京のクリエイティブから来たばかりでして…」と紹介します。 社長は「ちょうどよかった、こんどの我が社のクリスマス商戦のCMなんや、見てーな」と 一枚の紙切れを志乃に渡します。 はじめは遠慮する志乃ですが、是非意見を聞きたいといわれ、じっとコピーを見つめて、一言いいます。 「下品ですね」

上司は飲みかけのお酒をブツと吹きます。 「これあんたの会社から出たコピーやで…」 「でもクリスマスのおもちゃのコピーに”ナイスバディー・ドン・ドン”はないでしょう!冗談ですよね」 この酒席はどっちらけになりそうな時で、前野クンが社長に突然、質問をします。 「社長さん! 10月23日は何の日かご存知ですよね?」 「誰に向かって聞いとるんや!我が阪急ブレーブス最後の日やないか!」 コテコテ社長の目が今までとまったく違ったものになってきます。 「実はこの相葉も10月23日生まれでして…でも1975年生まれなんです」 「75年と言ったら赤ヘル軍団を破って初めて日本一になった年や!」

二人の阪急談義はどんどんはずんで行きます。 阪急ブレーブスを原体験している私にはセリフ内容の間違が少し気にはなりましたけど、 こんな楽しい会話をした経験は一度もありません、話す相手もいなかったのです。 私はスクリーンに飛び込み会話に飛び込みたい衝撃にかられます。(^_^)   (22号)(37号) このシーンの全セリフは今では私は全部そらんじているほどです。

2時間の映画の中で阪急ブレーブスが出てくるのは、このシーンだけです。 でも、超少数派だった阪急ファンにとって、このシーンのインパクトは相当なものです。 丸さんが私にわざわざプレゼントしてくれた価値は充分に伝わります。

社長は大変なご機嫌になって、志乃にCMの作り直しも依頼します。 「借りとく」。  料亭からの帰り道、窮地を救われた志乃の言葉に前野クンは答えます。 「ま、ええんとちゃいますか…」

私がこのDVDを見て感動したのは、この阪急ブレーブスのエピソードも含めて ”大阪”をとても上手く伝えながら、抑えた演出の中で、微妙な距離感をおいた二人を 面白く、美しく、描いている、邦画ならではとおもう作品だからです。 したがって、この映画では阪神ファンではなく阪急ファンでなければ美しくないのです(^_^)

志乃がおもちゃ会社のCMコピーを完成させ、その雪景色のロケに行っている時に 前野クンは病院の屋上でひなたぼっこをしながら静かに息を引き取ります。 […]