2008年01月07日207号 早くも7日ですが…

あけましておめでとうございます!

今日から”仕事初め”という方も多いことかと思います。 したがって 「いまごろ新年の挨拶とは悠長なものだね」と言われちゃうかもしれませんが(^_^;) 週間KENは毎週月曜日発行という事になっておりまして 今年最初の週間KENが7日になってしまったというしだいです。

「何 もリチギに毎週キッチリ月曜日書かなくてもいいんじゃない?」 なんてよく言われるのですが、これは私の性格からでして、 と言っても… わたしはキッチリどころかとてもズボラな性格なもので パターン化しなければ怠けて続かなくなるからです(^_^;)

そんな私が… ブログでは保険業界がマニュアル化・パターン化には大反対の問題提議をし また日本の社会自体が、そのような流れにあることに義憤を持っているのですから複雑です(^_^;)

”効率性”より”多様性”を…と ハナシだすと又長くなりそうなので止めます(^_^;) まーようするに人間はそれぞれ”こだわり”を持って生きていけば… とハナシだすと難しくなりそうなのでコレも止めます(^_^;)

ナニが言いたいのかというと 週間KENは毎週月曜日発行に”こだわって、新年号には”こだわらない”ため この207号がたまたま今年最初の号になって、新年のご挨拶をさせて頂いたという… まーどーでも良いハナシなのです(^_^;)

毎年思う事ですが…正月はアッという間に過ぎてしまいます。 この歳になると、1年がアッという間に過ぎるわけでから 正月ぐらいアッという間に過ぎてしまってあたりまえなのかもしれません。

大晦日は毎年、ゼン君の家に”おせち料理”を食べに行くのが 我が家の慣わしになってしいます。 そのゼン君のママが昨年の春にガンで亡くなってしまいました。 ”おせち料理”を作るのはゼン君のパパなので、 彼を励ます意味でも、これからも大晦日には”おせち料理”を作る事は止めないで 我われに食べさすことを約束させました(^_^;)

大晦日当日”ゼン君ち”に伺う前に、いちおう向こうも準備があるだろうからと電話をいれました。 電話に出たのはゼン君の弟、エイ君です。 エイ君は北海道大学・数学課4年生で、とてもクール(に見える)で個性的青年です。 彼は「何時頃いらっしゃいますでしょうか?いちおう掃除をしておかなければなりませんので…」と いつものクールな口調です。 私はだいたいの時間を伝え「お父さんに代わっていただける?」と言ったら 「実は今日、父は東京女子医大に緊急入院を致しまして、 今日の料理は私が作るように父から言われていますので、ご心配なく…」

レストランの予約じゃないのです。(^_^;) 「ご心配なく」って…おせち料理を心配している事態ではありません。 ゼン君のパパがどうなっちゃったか大心配です!

ゼン君のパパが昔から透析治療をやっているのは私も知っています。 大晦日の朝、透析のために東京女子医大に行ったそうです。 そこでいつものように透析しようとしたら、それまで使っていた血管が度重なる透析のため 使えなくなっていて、新たなバイパスを通すための手術を正月にやってしまおう… という事ななったというのです。 ようするにエイ君に言わせれば”おせち料理”も”パパの入院”も「ご心配なく」ということらしいので 我が家の3人は大晦日午後8時に伺うことになりました。

インターフォンを押すと中から「お待ちしていました」との声。 食卓にはすでに出来立ての”おせち料理”からご飯までがお茶碗にツガレていて 料理も次々に運ばれて、ゼン君もビールを注いでくれます。(^_^;) こちらが食事をしていても 兄弟二人は奥のキッチンで何だか忙しそうに立ち回っているようで […]

2007年07月23日183号 頑張れ!ゼン君のパパ

176号でお伝えしたゼン君のママを偲ぶ会が 土曜日、よみうりランド駅(川崎市・多摩区)近くのイタリアン・レストランで行なわれました。 なぜ、そこなのか?というと、そこから数百メートルのところに、ゼン君や大ちゃんやヒロコが 6年間通った保育園があります、ようするに我々のフランチャイズというわけです。

その保育園ではちょうどその日のその時間に「夕涼み会」が行なわれていて 懐かしい思い出がたくさんよみがえってきました。

保育園ほど親たちにとっては懐かしいところはありません。 子どもと一緒に毎日かよい、 働いているからこそ、親たちは保育園に積極的に関わろうとするのです。 「夕涼み会」だけでも私は6回も経験したわけですが、兄弟(姉妹)がいれば、もっと長く関わる事になります。 保育園は子どもたちより、”親たちの同窓会?”がもりあがるのです。

その中核にいたゼン君のママが亡くなって 「このような場所で彼女がいないのが不思議だよね」と誰もがいうような、わきあいあいとした会食でした。 宗教色を一切なくしたお葬式も素敵でしたが 四十九日に変えてのイタリアン・レストランでの食事とはシャレています。(^_^)

ゼン君のパパは高校の先生ですが、昔から透析をしていて、 お葬式の時は、それまでの精神的疲労や腰痛も重なって体調を崩していたようですが 今はかなり健康を回復したようです。

我が家にとっても、ゼン君のパパには元気になって貰わなければならない理由があります。

それは我が家の3人が毎年、 大晦日にゼン君家(ち)に行って、おせち料理を食べさせて頂く…という行事?があり、 それを私とヒロコはとても楽しみにしているからです。 おせち料理を作るのがゼン君のママなら諦めるしかないのですが、 ゼン君のパパが腕によりをかけて作っているのですから、ノゾミは残っています。 彼が我々のテーブルに挨拶に来た時に、私は酔ったいきおいも手伝わせて確認しました。 「ねーねー、今年の大晦日もおせち料理を食べに押し掛けても大丈夫?」…と、 ゼン君のパパは 「もちろん、料理を作るのはボクの生き甲斐だし、みなさんも来て下さいよ」と 一緒のテーブルにいた仲間にも声をかけて嬉しそうに応えてくれました。 まー大晦日に、こんな事で訪問するのは我が家ぐらだと思いますが(^_^;)

ゼン君のママの闘病生活や最期の話なども淡々と話したゼン君のパパ。 かなり立ち直ってきたようで、愛用の自動二輪に加え250ccのバイクも購入しました。 その保険の手続きもあって、解散後にご自宅に伺うことになりました。

保険の手続きをして、コーヒーを入れて頂だいて雑談をしているうちに… 年金問題や参院選の話に、そして憲法問題へとうつり ついに「憲法9条はどうするか?」という核心部分へと迫っていきました。

ゼン君のパパはつねづね「日本人はちゃんとした議論が出来ない!」と嘆いています。 また「議論をして負けたことが無い!」というのです。

ゼン君のパパは昔は生え抜きの左翼運動家だったのですが、それから紆余曲折があって とても勉強し(もともと学者ですから)、また多くの若い学生や問題児と接して 「日本は軍隊を、そして核の数発ぐらい持つべきだ」という確固たる信念に至ったというのです。

でも私は、たった今もこのようなブログを書き上げています(^_^;) すなわち、意見がまっこうから分かれるのです。

でも、こうなったら「その通りですね!」とは私も言えません。 したがって、けっきょく時計を見たら午前様になるまで議論をしていました。 もちろん穏やかに 「もう、お前に喰わせる、おせち料理などナイ!」と怒らしたオシマイです(^_^;) でも、ゼン君のパパはひさびさに議論が出来て楽しかったようで 今度もまた来て欲しいと言って、外まで見送ってもらい、お土産まで頂きました(^_^)

なにしろ、ゼン君のパパには元気になって貰わなくては!

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2006年01月02日102号 元旦イブ

あけまして おめでとうございます! どうにか新年を迎える事が出来ました。 (どうにかしなくても新年は迎える事が出来るですが) 喉の方もいつの美声?とまではいきませんがだいぶ回復しました。 カレンダーも大晦日の朝6時には配り終え、年賀状も一応投函する事が出来ました。 こんな事を書くと「ウチにはカレンダーはおろか年賀状も来ない!」なんて言われそうですが すべて”一応”という事ですのでご容赦下さい。

そのかわり、メールアドレスが記録してある方達には我が家の年賀状をメール送信しました。 中にはOB会の名簿や名刺を交わしただけでの方たちにもいたのですが全員にです。 ヘンな年賀メールを新年早々(当たり前ですが)もらって「誰だろう?」と思っている人も多い事でしょう(^_^;)

さて… 昨年(厳密には一昨年2004年)の大晦日は悲惨でした。 午後から雪が降り出し大晦日恒例のゼン君宅に行けなかったからです。

大晦日は本来はご馳走や”晴れ”の準備をする、元旦の前日としての地味な存在です。 クリスマス前夜のクリスマスイブのようにご馳走を食べたりとかの華やかさはないのです。 しかし我が家は違います、この大晦日にゼン君宅に行けなかったら正月が無いのです! すなわち我が家にとって大晦日はクリスマス・イブのような…そう!元旦イブなのです。

ゼン君のパパは念願の1200ccのオートバイを購入して乗り回している ちょっとユニークな高校の数学の先生で料理の腕もプロ級です。 大晦日にヒモジイ我が家の3人が訪問するようになって、仕込みの量も増えて 年末の一大イベントになったのではないかかと恐縮するのですが、遠慮なんてしていられません。 ヒロコに正しい【正月の食文化】…いや【日本の食文化】を伝える親としての義務?もあるのです(^_^;)

薄味だけどしっかり上品な味のしみ込んだ煮物・おでんの美味しい事、アッというまに平らげます。 口の中でホロッと崩れ、とろけるような豚の角煮も絶品です! 最近では私よりグルメな外食の機会が多くなって、舌も身体?も肥えだしたヒロコも 美味しい美味しいとパクパク食べ続けます。 ここで食べ残しては明日からの正月に、いや一年に悔いが残ると思っているかのようです。 あまりハイペースで食べ続ける私達に「この後、お蕎麦も用意しているから…」と ゼン君のパパから言われてしまいました。

お蕎麦も本格的です! ココに来れなかったら我が家では【年越し蕎麦】でなく【年越しミルク】を飲まされるところです。 手打ちの生蕎麦に油揚げも椎茸も絶妙でYUKIの分まで食べちゃいました。

ヒロコはこのあとサルサのカウントダウンがあると言うので午後10時過ぎには行かねばなりません。 ゼン君の弟のエイ君(パパを継いで?北大数学科2年)の入れるコーヒーはこれまた絶品!? 今日のためにブルーマウンテンを用意したというのですが… その時間は無くまさに後ろ髪を引かれる思い出でゼン君宅を後にしたのです。

23歳のヒロコを駅まで送り、元旦生まれのヒロコは24歳になって帰ってきました。 そして普段と変わらぬ、でものんびりとした休日、いや元旦を迎えたのです。 昼過ぎ、今年初めての我が家の食事はYUKIの作った雑煮風?の食べ物でした。

ヒロコが「夜は何を食べるの?」とYUKIに聞きました。 YUKIは「何も無いから、お魚を焼いて御飯をたべましょう」といつもの答えです。 ヒロコは「せめてお鍋ぐらいしようよ、私の誕生日だし…」と言いました。 YUKIは「じゃーマルエツにいきましょう!」といつもの答えです。

マルエツに行ったらいつものようにマイケルがいました! なんだか嬉しくなって私とツーショット、それともう一枚。 本業は正月休みだというのにマイケルは大晦日も元旦もそして明日も働くようです。 YUKIもマイケルもマルエツも…正月は関係ないようです。

いつもとほとんど変わらないけど、なんとなくのんびり家族で過ごす正月も悪くありません。(^_^) こんな家族ですが、今年もよろしくお願い致します。

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