2009年11月02日302号 奥秩父で蕎麦2009

今年もラテ研恒例、奥秩父での蕎麦ツアーに行ってまいりました。 私はこれで3回目。 YUKIとヒロコは昨年に続き2回目。 そして今年は宮崎からの義母も参加です。

これまでは電車やバスを乗り継いで4時間以上かけて行っていたのですが どうせ紅葉の美しい奥秩父まで行くのなら、近くにの温泉でも一泊して… という事になり今回は我が家からクルマでいく事になりました。

クルマで行くのも、一泊するのも、良いのですが… 問題は蕎麦パーティーの会場【そば処・紺屋】と宿泊場所が離れていることです。 クルマで行くのだから問題が無いように思われるかもしれませんが クルマで行くから問題なのです、みんなお酒を飲むからです(^_^;) …ということで黒沢君のお勧めで【お泊処・神庭】に宿泊する事にして そこにクルマを置いて宿のクルマで送り迎えしてもらう事にしたのです。 これでお酒の問題も アタマもクチも元気だがアシが少々弱ってきた87歳の義母の問題もクリアです。(^_^;) ① ② ③ ④ ⑤

昨年より参加者は少ないですが…初参加は 香港の小倉夫人のキエちゃん(長女カナちゃんの出産のため滞在中) ホンジュラスから帰国したSr.ナガモリこと同期の永森。 チリ在住で深田祐介の小説『炎熱商人』のモデルにもなった豪傑、岸野先輩。 昨年はエルサルバドル人の奥さんと次男と3人で参加した新井君は 今年は長男も加わってファミリー全員で。 在職中のほとんどが海外勤務、定年後も永森同様中米のボランティアで、 最近やっとおちついてきた岡広先輩の奥様。 それに50歳をすぎサラリーマンから突如、あこがれだった漁師になって転職し 遠洋漁業に従事していた、我らが同期のラテ研会長だった田中。 ラテ研ならではのユニークな新たな参加者が加わりました。

今年は天気も温度も快適で、とてものどかな雰囲気の中で 楽しく美味しく過ごすことが出来て義母も大満足のようでした。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦

初参加の永森は 初参加の新井ジュニア(長男)にスペイン語のジョーク集を見せながら スペイン語で大いに盛り上がっていました、さすがSr.ナガモリです(^_^;)

小倉夫人のキエちゃんは、ドコへ行っても存在感100%で初参加とは誰も思いません。 ① ② ③ ④

昨年の蕎麦パーティーでもコマメに働いて我が家でも有名になった岡広先輩。 初参加の奥様に私が「家でもあんな風なのですか?」…と訊ねたところ 「ぜ~んぜ~ん」と以外な回答、岡広先輩にそのことを質問したら 「黒沢がひとりでテンテコマイしているんだぞ!」…と言われて最敬礼をしてしまいました(^_^;)

ヒロコが「イヤーダ!」と大きな声で…さわいでいます(^_^;) ヒロコがいくつぐらいに見えるか?という事になって「アラフォー?」と言われたようです。 ま~27歳なのにアラフォーと言われムクレル気持ちは判らないでもないですが、 もう少し恥じらいや遠慮があっても良いと…私が云うのもヘンですが、親としては思うのです。(^_^;) 初対面であろうと誰に対しても動じないあのふてぶてしいヨッパライ女をみたら アラフォーと思われてもイタシカタないでしょう。 ① ② ③ 香港旅行以来ヒロコとも親しくなった木村先輩は、今は茨城で野菜作りもやっていて ヒロコが「ボーイフレンドが出来たら一緒に遊びに行く!」と言ったら、 「ムリはしないように!」…と冷静に言われ…またオオムクレ(^_^;) ① ② ③

あっという間に時間は経過していきました。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ⑯

今回、古谷夫妻もクルマで来て我われと宿は違ったのですが一泊。 みんながバスで帰ったあと、宿のクルマが迎にくるまで店主の黒沢君と雑談… いつも一人でテンテコマの黒沢君… ① ② ③ ④ ⑤ 落ち着いて話すことが出来ないので貴重な時間です。 ① ② ③ ④

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2009年06月08日281号 Sr.ナガモリやグラ爺たちと…

セニョール・ナガモリが2年間のJICAシニア・ボランティアでの 中米ホンジュラスでの勤務を終えて4月に帰国しました。 彼のブログは1年前に一時帰国したさい私がムリヤリ押し付けたものですが(^_^;) 私の予想に反し…イヤ予想通りに、 毎日毎日エネルギッシュに山ほどの写真とともに送ってきました。

毎日毎日そのナガモリのブログを見ていると私もホンジュラスに住んでいるような気分になり、 12月初めナガモリ夫人のセッちゃんがにホンジュラスにやってきたブログを見た時は 私も「おー来た来た!」という感じになってしまいました。 セッちゃんは私と同じ神奈川県(横浜市)から地球の裏側のホンジュラスに行ったわけですが(^_^;)

そのブログにコメントをよく入れていたのがグラ爺です。 このハンドル・ネームを最初にみたとき直ぐに誰だかわかりました、 そして私のブログにも最近はこのハンドルネームでコメントをいれてくれる香港在住のオグラです。 オグラがグラ爺なら私はクラ爺になってしまいますが私には孫がいませんのでまだ爺さんではありません。

昨年同様のメンバーで『セニョール・ナガモリを囲む会』をもっと早く出来たのですが せっかくならオグラがこちらに居る時に合わせてという事で、 6月4日に横浜西口のイタリアン・レストランで、久々に拓大ラテンアメリカ研究会の同期が 集まる事になったのです。

集まったのはナガモリ、オグラの他にタナカ夫妻、フルヤ夫妻、アオキ夫妻にマルモノ、アダチ それにいつもの我が家3人の総勢13名。 今回は奥方の出席が少なかったものの 同期は40年以上、奥方たちとも30年ぐらいの付き合があるあいだがらです。 ま~いちおうはナガモリの帰国報告会という事でしたが、それは27日のラテ研全体の集会にまわして(^_^;) 大いに盛り上がり、アツというまに時間が過ぎてしまいました。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪

ほんとうは今回の集まりは1泊でと私は思っていたのですが、 オグラが6月の4・5.6.7はOKとなったのですが土日の6・7日は我が家は 飯山の田植えに行くことが決まっていて、我が家としては4・5しかありません。 わがグループの終身幹事フルヤと相談したのですが、 ウイークデーの急な宿泊となると参加者も限られるという事で結局この日の会食となったのです。

ま~いずれにしても、これから今以上に忙しくなる仲間は少ないようで 全国に散らばっている同期が集まる会もそろそろ具体的に企画したいものです。

そして私のブログの中でも触れた『Sr.ナガモリといくホンジュラス』を まずは手始めに我われ仲間で行く事が出来たら素晴らしいと思っているのです。