2011年11月07日 第407号 春菜ちゃんの結婚式

春菜ちゃんは、週間KENでもおなじみの東大和市(東京都)のパティシエ・エノちゃんの長女です。 エノちゃんとは30年以上の付き合いで彼の結婚式にも行きましたので春菜ちゃんは子どもの頃から知っていますが

その春菜ちゃんの結婚式・結婚披露宴が11月5日(土)に青山フェアリーハウスという結婚式場で行われました。

渋谷・青山界隈は昔から馴染みの街で、また今はネットで知らべれば、どんなところでも簡単に行けるので 当日まで会場の場所を詳しく確認していなかったのですが、場所を確認してビックリ!

私が小学校入学から十数年住んでいた所から100メートルも離れていないところだったのです。(^_^;) ① 私が住んでいたところの住所は現在は渋谷区渋谷1丁目ですが、式場は渋谷区神宮前5丁目だったので

ここまで近いとは思ってもみなかったのです。 私が住んでいたところは式場から通りを挟んでハスムカエ!今は【ヒコ・みづのジュエリーカレッジ第四校舎】になっていました(^_^;)

先週は私が誕生した広島・上下、その旅の途中に幼稚園時代を過ごした京都・永観堂にもちょっと寄って、 今週は最も思い出深い渋谷と…私のルーツを辿る旅を楽しませて頂いています(^_^;)

またまた前置きが長くなりましたが、春菜ちゃんの結婚式です。 新婦の父の友人という事で参加していますが、私を招待してくれたのはエノちゃんでなく春菜ちゃんです。

春菜ちゃんからこんなメールを頂いたのです。

>11月5日(土)の私の結婚式で、カメラマンをしていただけませんか? >カメラマンといっても、別にプロの方もいるので、 >角倉さんなりの写真をぜひ是非お願いしたいです!!!(うまいので★)

頼まれなくても、人が集まれば昔からパチパチと写真を撮るのが趣味ですし、 まして親友エノちゃんのお嬢さんの結婚式ですから二つ返事で喜んで出席させて頂くことにしました。

新郎の達也君とは職場結婚! ふたりが勤務していたのは渋谷のセルリアンタワーにあるIT企業で新郎新婦の友人は共通でしかも若いひとばかり。 よく見れば両家の親族を除けば私だけが゛年配者゛のようなのです(^_^;) もちろん私は形式ばった、誰の結婚披露宴なのか判らないようなものより、このような式のほうが大好きなので とてもリラックスして、とても楽しく過ごさせて頂きましたが、 私のミッションである写真撮影は、私の実力を充分に発揮しないまま終わってしまいました(^_^;)

その “言い訳” は二つあります。

まず式場の正式カメラマン?がビデオをも含めて3人!、 黒い衣装で大きなカメラを持って60人ほどの会場を移動しながら、しかも被写体に接近して撮影するのですから、 私のようなものが小さなデジカメをもってウロチョロしていたら

ヘンなオジサンが酔っ払って近づいてきたとしか思って頂けてないような気がしてしまうのです(^_^;)

そして、もうひとつ! 出席者のほとんどがパチパチと写真を撮りまくるという状況です。(^_^;) この傾向はケータイの普及で以前から感じてはいましたが、今回は若者ばかりでしかもIT関連の企業での社内結婚で、 ほとんどがスマートファンや私が持っているような小さく高性能のデジカメを使いこなしているのです(^_^;) ① ② ③

てなわけで、ケータイも持った事が無いという超アナログ人間のエノちゃんの左隣で ① ② ③ ④ 私は新婦の父の姿や、右隣に座っている春菜ちゃんの妹の明菜ちゃんとカレシの敦史君のツーショットの写真を中心に? ① ② ③ ④

 

結局は1000枚近く撮影し450枚ぐらいに絞ってグーグルのPicasaにアップしておきました。 こうしておけば誰もが好きな写真を選んでダウンロードをすれば私が撮影したのと同じ画素数でコピー出来るのです。 二台のデジカメでビデオ撮影も1時間ほどしています。 写真を撮りながらの撮影ですからキッチリとは撮れていませんが臨場感には溢れています(^_^;) ① ② ③

妹の明菜ちゃんとカレシの敦史君から「私たちの時も撮影をお願いします」と嬉しいお願いがありました。 それまでに、いろいろとリベンジ対策を考えておきたいと思っています。(^_^;)

新郎・新婦とはゆっくりお話する時間もありませんでしたけど、 とても素敵なカップルで、とても素敵な披露宴で、エノちゃんも感無量のようでビデオにはしっかり納めています(^_^;) 春菜ちゃん、そしてエノちゃん、こころよりオメデトウ! ① ② そして、お疲れさま。

[…]

2004年5月31日019号 橋田信介さんを悼む

さて今回から、その時その時の私が思い浮かんだテーマを気ままに書こうと思います。 今までの週間KENの感想を伺うと、どうも意見が二つあるようなのです。 一つは「 ほんまにアホらしい!」…もう一つが「アホやけどオモロイ!」です。 急に関西弁になってしまいましたけど、アホらしさは共通しているようなのです(泣) で…今回は 少しおもむきを変えて重いテーマで【イラクの人質問題 】をとりあげ、 その原稿をほとんど書き上げた時に… もっと、もっと重いニュースが飛び込んで来ました。 イラクで戦場カメラマンの橋田信介さんと甥の小川功太郎さんが銃撃されたというニュースです。

実は、橋田信介さんの一人息子大介君と、我が家の一人娘ヒロコは保育園時代、6年間一緒のクラスだったのです。 保育園 の同窓は本人達以上に親同士が懐かしく、橋田家がバンコク(タイ)に引越してからも多くの 保育園仲間 がファミリーで橋田家を訪問したり、その消息は身近に感じていたのです。

最近ではテレビやマスコミでも、その活躍を目にする事が多くなりYUKIと「有名になってきたね」…と 話していた矢先の事件です。 ニュースを聞いた時に大変な衝撃を受けた事はたしかですが、不思議な事に悲しみよりも、 わけのわからぬ”怒り”が湧いてくるのです。

橋田氏は常に【戦争】に反対しながら、一人の人間として、優しい目線で悲惨な【戦場】を取り続けてきました。 国家が国益のために起こす【戦争】は,【戦場】 において常に個人が犠牲になるのです。 彼は【戦争】カメラマンではなく、あくまで【戦場】カメラマンだったのです。

日本がイラク戦争に”参戦”する事を決めた小泉さんは「危険なら行かない、安全なら行く」と言いました。 同世代の橋田さんは「安全なら行かない、危険なら行く」と 言いました。 そしてイラク へ行って橋田さんは死んでしまいました。

テレビのニュースで久しぶりに幸子夫人を見ました。 「幸子さんはとても個性的!」とウチの個性的YUKIが言うほどユニークで魅力的な人です。 彼女が毅然とした態度で微笑みを浮かべながら…でも目は潤んでいました、彼女らしいです。 ひ弱な印象だった大介君も見違えるように素敵な青年になっています。 二人は信介さん を誇りに、その意思を継いで、立派に生きてい くと思います。

私の手元に橋田さんが書いた一冊の本があります。 ロイター通信のカメラマンを している姪っ子のユリが「KENおじちゃん、この本面白いヨ!」と貸してくれた本です。 私が橋田さんを知っている事を話すと、ユリは興奮して「絶対に逢いたいから、紹介して!」といいました。 私も十数年逢っていないので、是非時間を作ってもらいヒロコもつれて逢いに行こうと思っていたのに…。

ユリから借りた本の題名は『イラクの中心でバカとさけぶ』です。 イラクの中心で…「戦争のバカヤロー!」と叫んで死んでいったような気がしてなりません。 橋田信介さんの、そして小川功太郎さんのご冥福を心よりお祈りします。