2010年02月15日317号 満足な食事

ここのところ満足な食事というものにありついた事がありません。
ま~そのおかげで私の体重は14キロも減って標準体重になったわけですが、
その後の私も、いまだYUKIの厳しい監視下の元にしっかりと管理されているのです。

そんな私を、とても可哀想に思ってくれてる人が宮崎の義母です。
私にとってはとても頼もしい味方です、何てたってYUKIの実母なんですから(^_^;)
義母は88歳とは思えないほどの健啖家で、
私と食事をするのをいつも楽しみにしている人なのです。
ところが12月に上京した時はちょうど私の入院中と重なり
YUKIからは満足な食事も提供されず、とても惨めな思いをして宮崎に帰られたそうです。

そして、また12日(金)、2泊3日で義母が上京しました。
日本舞踊の師匠でもある義母が弟子(名取)の師範試験に付き添うためのもので、
藤間流家元の住居がある麻布にほど近い都ホテルに宿を取ったのです。

元気とはいえ88歳のしかも宮崎に住む義母ですから、飛行機やホテルの手配はYUKIがして、
羽田からホテルは私のクルマで、
そしてその日の夕食は都ホテルで(^_^;)       

次の13日(金)は、お弟子さんの師範試験の日、それが終るとお弟子さんは宮崎に帰るということでしたが、
義母はもう一泊して、私たち家族もホテルに宿泊させ、
前日に続きホテルでご馳走したいと、涙が出るほど嬉しいことを言って下さるのです。
ホテルに宿泊できるならアルコールも少々は楽しめるわけで、こんなラッキーな事はありません(^_^;)

ヒロコはあいにく、この日の夕食には間に合わないとの事でしたが…
普段から食べ放題、飲み放題のミダラな?生活をしているヒロコや
食べる事にいっさい興味の無いYUKIは、どうでもいいのです(^_^;)
ひさしぶりに美味しい食事とお酒が堪能できるという気持ちで私のアタマがいっぱいです。

午後4時頃、YUKIと私は都ホテルにチェック・イン。
家元での師範試験も終わって、
お弟子さんがホテルをチェック・アウトするところで、ロビーでしばらく雑談。

この日は、我が家ではよくあることですが朝食が遅くなって昼食は食べておらず、
時計をみたら5時30分。
ホテルのどこで食事をするか予約もとっていなかったのですが、
ちょうどすぐそばに中華のレストランがあり、ちょっと寄ってみると何だか急に食欲が(^_^;)
今なら7時までなら予約なしでOKということで店内に。 

YUKIの「コース料理など食べれない!」と言う、いつもの要望?にレストランも了承、
二人前コースを3人で、足りなければ単品で注文という少々情けないスタートでしたが(^_^;)
まずは乾杯の生ビールがシビレルほどに旨く  
カロリーオフの缶ビールにすっかり馴らされ私の喉を誘惑するのです。
生ビールにゴージャスで上品な中華によって!       
抑圧され続けていた私の欲望は解き放されたのです。(^_^;)

ビールのグラスが空になるとウエートレスが素早くやってきて「お持ちいたしましょうか」とやってきます。
私がちょっとYUKIの顔色を見ながらちょっとチュウチョする様子を示すと
義母が「遠慮なく飲んで下さい!」と嬉しい援軍(^_^;)
7時までという事でしたが予約の客が遅れるという事で
けっきょくビールは4杯、追加注文もして大満足の晩餐でした。

翌朝は昨晩の早い時間の晩餐で空腹のために目が覚めます。
ところがYUKIもヒロコも高いびきで熟睡中、
8時ちょっと前、ドアのノックで開けてみると義母が朝食に行こうとの誘いで
朝食のビュッフェで軽い?朝食を二人で堪能(^_^;)   
YUKIとヒロコも遅れて合流しましたが、  
義母がいなければ朝食はいつになったか判りません。

金・土と雨の東京でしたが日曜日は天気もよく、腹ごしらえにホテルの庭園を散策。
     ⑥ 
義母を羽田までおくり、ここで昼食を食べてお別れという事でしたが
そんな時間が無かったのが心残りでしたが…    

とても充実した、つかのまの満足な食生活でありましたが…
こんな食生活が毎日出来たら基のメタボに、いやそれ以上になるでしょう
その前に経済的に持ちません(^_^;)

”このような大感激で食事が出来る”という事はYUKIと義母のオカゲといえるわけで…
ステキな母娘にこの世で出会えた私は幸せ者ということのようです(^_^;)

Comments are closed.